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【起】御子柴悟
捜査本部は大勢の警察官で賑わっている。それもそのはずだ、今回の事件では政界にも顔の利く大手社長が無惨にも亡くなったのだ。否が応でも士気が上がるというもの――主に、上層部の。一刻も早く解決して、媚を売りたいのだろう。嫌な話だ。
どこか浮足立つ捜査員達の中、僕――御子柴悟はといえば、部屋の片隅で必死にメモを取っていた。今年の春、警察学校を卒業して配属されたばかりの新人刑事だ。今は所轄のしがないヒラ刑事だが、いずれは本庁に出世して、街の平和に大きく貢献したいと思っている。今回の事件は僕らの署の管轄下だったため、こうして初めての捜査会議に駆り出されたという訳だ。
「被害者は大和剛毅、52歳。大和建設工業の現社長です」
「ガイシャの死亡推定時刻は午前二時から三時の間と推定されます。死因は……ガイシャが経営する建設会社の社長室で、雷のようなものに撃たれたことによるショック死」
「死亡推定時刻前後、会社近辺では雷を伴う激しい雨が降っていたことが確認されておりますが、因果関係は不明です。現在、解剖に回しているため、いずれ監察医から報告が上がってくることでしょう」
「これから事故、自殺、他殺の三方面から捜査に当たります。ただ、他殺となると、意図的に雷を落とすのは不可能に近いかと――」
「では事故の線が濃厚か」
「現状、何とも言えませんね。ガイシャは怨みを買いやすい性格だったようなので、他殺の線も捨てきれません」
「では、どうやって屋内のガイシャに雷を落とすというのだ?」
「方法については、科捜研がこれから検証するとのことです」
「また、防犯カメラの映像ですが、雷雨のせいで停電が起こっていたようで、死亡推定時刻前後の映像が途切れていました」
「不審人物の目撃情報の聞き込みも継続していますが、何せ死亡推定時刻が真夜中のため、今のところめぼしい証言は得られていません」
現場を検分した鑑識が、臨場した刑事達が、これまでの捜査で判明した事実を次々と報告しながら議論を交わす。僕は一言一句、聞き漏らすことなくメモ帳に書き留めていく。
しかし――僕はペンを走らせる手を止めて考え込む。妙な事件だ。室内で雷に撃たれるだなんて、人為的に犯行が行われたとは思えない。まるで、天罰が下ったかのような――
いや……僕は頭を振って、今しがた過った考えを振り払う。そんな訳があるものか。僕はオカルトは信じない質だ。
そんな僕に、
「マメやねぇ、御子柴ちゃんは」
神崎先輩は大きな欠伸をこぼしながら気怠げに褒めた。僕が小声で「捜査会議中ですよ」と窘めるも、
「あー、いいのいいの」批難もどこ吹く風、先輩はロクに取り合ってくれない。「本庁の連中もえらく張り切っとるみたいやし、管轄や言うても、どうせボクら所轄の出番は無いでしょ。頑張ったところで、手柄はぜーんぶあちらさんに横取りされるのがオチやろ」
「そんな言い方……誰が解決してもいいじゃないですか。僕はただ、一刻も早い解決を望んでいるだけです。だから、手柄なんて関係ありません。市民の皆さんが安心して暮らせる、そんな世の中になれば」
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