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【幕間】木下憂
「御門くん」
わたしが声を掛けると、机に突っ伏していた男子生徒はモゾモゾと身じろぎをした後、億劫そうに顔を上げた。視界を覆っていた黒いフードを手で払うと、その下から現れたボサボサの黒髪の隙間から、ジロリとこちらを睨めつける。
「……木下さんか。何」
「何じゃなくて、とっくに帰りのホームルーム終わってるよ。教室に残ってるの、もう御門くんだけだよ。部活、所属してないんでしょ? もうじき校門も閉められちゃうし、早く帰らないと親御さんも心配するよ」
すると彼は頭をガシガシと掻きながら、深い溜め息を落とした。
「木下さん、そんなことを言うためにわざわざ自主的に居残りしてたワケ?」
痛いところを突かれ、心臓がドキリと跳ねる。わたしは慌てて言い訳を繕う。
「え? 別にそういうつもりじゃ……」嘘だ。そういうつもりで自主的に居残りしていた。「でもホラ、わたし学級委員だし、クラスメイトを放っておけないっていうか……」
友人からは「憂は人が良すぎ」と呆れられたが、性分なのだ、こればかりは変えられない。
「余計なお世話」
ピシャリと撥ね除けられる。お節介なのは百も承知だったので、何も言い返せない。
黙り込むわたしをよそに、御門くんはさっきまで寝起きでぼんやりしていたのが嘘のように、機敏に帰り支度を済ませて立ち上がる。
「まあ、暗くなる前に起こしてくれたのは感謝してる。あんがと……それから俺、別に親とかいないから」
「え……」
「なんてね。真に受けた? でも、心配するような親がいないってのはホント。じゃ、また明日。木下さんも暗くなる前に帰った方がいいよ、危ないから」
サラリと吐き出された重い台詞を受け止めきれずに固まっている間に、パーカーのフードを翻して彼はさっさと帰ってしまった。
御門霞。季節を問わず制服の下に着込んだ、黒のフード付きパーカーが特徴の男子。朝から授業中、果ては帰りのホームルームまでずっと机に突っ伏して寝ている彼は、他者の干渉を一切拒んでいるように見えた。色白で痩せっぽちだし、単に万年寝不足なだけかもしれないけれど――色々と気になる存在なのは事実だ。だから鬱陶しがられても、ついつい話し掛けてしまう。
彼が気になる理由については――決して恋愛感情などではなく――人には言えないわたしの“秘密”が絡んでくるため、今は割愛させていただく。一つだけ言えるとすれば、わたしも彼も“普通”ではない。それだけは確かだ。
そんな不思議なクラスメイトの彼のことを、わたし――木下憂は、何も知らない。
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