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◇
「オレ、犯人見っけちったな〜」
大和建設からの帰り道、唐突にカゲリが言った。
「ええっ、もう何か閃いたのか!?」
収穫らしい話は聞けなかったというのに犯人に辿り着くだなんて、もしかしてコイツは見かけによらず凄い男なのかもしれない。
驚く僕に、カゲリはチェシャ猫のような笑みを向けた。
「大和を殺したのは祟りだよ、タ・タ・リ」
「な――」僕の落胆は激しかった。一瞬でも期待した自分に落胆した。「ありえないよ、それは。あまりにも非現実的だ」
カゲリは何も答えず、ゲッゲッゲ、と悪趣味な笑声で僕を嘲笑った。
「非現実的、ねェ……本当にそうかい?」
落とした視線と肩を上げようとして――身体が動かないことに気付いた。金縛りか……? まるで僕の脳神経が、僕じゃない別の誰かに支配されたようで、突如として自由が利かなくなった。背筋を冷たい汗が伝う。
どうにかして金縛り状態を解こうと焦る僕の脳髄を、神経を侵していく嘲笑。
「オマエは祟りとか陰陽師とか、そんなのは全部オカルトだって、そう言いたいんだろ?」
カゲリだ。カゲリが嗤っている。フードの下で、ゲラゲラと僕を嘲笑っている。
「だが、知らないだけで存在する、そんな事象は世の中にごまんと溢れ返っているモンさ! 陰陽師が扱う術も妖怪も祟りも、その類のモノだ」
反論しようにも、身体は言うことを聞かない。言葉が音になることはなく、酸欠の金魚の如くパクパクと口の開閉を繰り返すだけだ。
「ほら、見ろよ。お前の影を、オレの影が侵食してる。オレに支配されている限り、お前に自由ないぜ?」
ぎぎ、と首を軋ませながらどうにか振り向いた。背後に伸びる僕の影が、僕とは違う形に歪んで嗤っている。大口を開けて、ゲラゲラと。
……ゾッとした。価値観が一八〇度ひっくり返った感覚。世界のモノが本当に在るのだと、認めざるを得なかった。
乗っ取られた影はひとしきり嘲笑した後、不意に元の人のカタチに戻った。身体が軽くなる。解放された。僕はその場に座り込みそうになるのをグッと堪えて、深く深呼吸をする。
「わ、わかったよ。僕が悪かった」
カゲリは応えず、悪趣味な笑声を響かせるだけだ。
……僕には、カゲリと名乗るこの男がまるで解らなかった。僕とは住む世界が異なる人間。いや、そもそも人間かどうかすら怪しい。それほど、カゲリには人間味というものが感じられなかった。
「じゃーな、ジミコシバクン」
名前を訂正する間もなく、カゲリは闇に溶けて消えた。僕はカゲリが消えた暗がりを呆然と見つめるしかなかった。不安だけがひしひしと募っていった。
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