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ある夢を見た。
大きな湖に水面を照らす月明かり。その夢は、まるでゲームのワンシーンに出てくるかのような景色だった。
しかし、人が見る夢には何かしらの意味がある。夢占いがあるように夢は何かしらの暗示をすることもあると本で読んだ覚えがあるが、この夢は何を暗示していているのかは謎だった。
それに決まってこの夢を見ると胸にポッカリと穴が開いてしまったかのような気持ちになる。
近藤雅人はここ最近同じような夢を見る。しかし、その夢は霞のように消えてしまい覚えてない。朝が来て、目を覚ます。雅人はベットから抜け出す。そして日課にしていることをするためにキッチンへ向かい、霧吹きに水を入れる。そして、霧吹きを持ったまま窓辺へと向かう。朝日が差し込む窓辺に近づき、シュッシュっと水をかける。
「おはよう。」
雅人が水をやるのは酔った勢いで購入したサボテンだ。大学生の雅人はたまたま参加したサークルの飲み会でしこたま飲んで何を思ったか閉店間際の花屋で残っていたサボテンを見つけて「寂しそうだ」と思い気がついたら購入していた。
(酒が入ってると怖いな・・・)
のちに調べたらこのサボテンは花をつけるそうで、育て方や必要な肥料なんかを揃えていっていくうちに雅人の現在の楽しみが増えたのだ。季節は秋になり、サボテンにも花の蕾が出てきていた。
「早く咲くといいな。」
一人暮らしの部屋にそんな独り言が溢れる。ふと雅人は壁時計を見る。時刻は午前六時三十分前。雅人は立ち上がりもう一度キッチンへと向かう。そして今度は自分用のコーヒーを入れてスマホを確認して、大学へと向かう準備をした。
***
バイトを終えて軽い夕食も取って、軽くシャワー浴びると電池が切れたかのようにベットへと雪崩れ込んだ。
「ねみぃ・・・」
あくびが溢れる。さて寝ようと思ったらスマホの液晶画面が光る。どうやらメッセージアプリからの通知だ。雅人は眠い目をこすりメッセージを確認する。そこには同じサークルの女子からのメッセージが表示されていた。
『今度一緒に飲みにいかない?聞いてほしい話があるの!』
雅人はなんとなくこの会話の流れを理解してしまった。雅人は返事をすることもなく、スマホを放り投げた。
女は苦手だ。
ふと雅人の目は窓辺に置いてあるサボテンを映す。
「お前だったら・・・平気・・・なのに・・・な。」
雅人はそう言って眠りに落ちた。
ーまた夢を見た。
けれどここ最近見ている夢とは違い、今日は湖の中央に白いワンピースを着た美しい女性が猫のように月を見上げていた。
「あの・・・」
雅人は初めてこの夢の中で声をあげた。するとその女性は振り返る。そして雅人のほうを見て静かに微笑んだ。
雅人の胸がドキンっと高鳴った。ただ、女性は何も言わずにまた背を向けてしまった。
そこで夢は終わってしまった。
次に目を覚ますと、雅人は今までに感じたことのない胸の高鳴りを感じていた。
「なんだったんだ。」
ふと窓辺のサボテンを見る。蕾は大きくなり、いつ花を開いてもおかしくないと感じていた。
***
それからというもの雅人は夢で会ったあの女性を忘れることはなかった。あの夢を見た日にメッセージを送った女の子から案の定、告白をされたが雅人は断った。
それからあっという間に十五夜の日を迎えた。
この日はバイトは休みで夜はゆっくりとしていた。雅人と部屋の窓からは十五夜の満月がのぞいていた。雅人はわざと部屋を暗くして月明かりのみで十五夜を楽しんでいた。しかし暗くした部屋の中、睡魔は簡単に訪れる。雅人はテーブルで寝てしまった。
ー夢を見た。
今日の夢はまた違っていた。あの女性が、彼女が今日は月を見上げてるのではなく真っ直ぐに雅人を見ているからだ。
「今日はこっちを向いてくれたんだ。」
雅人は彼女に声をかける。すると彼女は首を縦に振り、ゆっくりと雅人に近づいた。
『やっと、あなたと話せた。』
「"やっと"っていつも俺は君の近くにいただろう?」
雅人がそう言うと彼女は『そうね。』と短く返事をする。
『でも、違うの。今日はね、あなたにお礼が言いたいの。』
すると、彼女は雅人に抱きついた。雅人は彼女の背に腕を回す。
するとジャスミンのようなそんな甘い香りが彼女からするのを感じ取る。
雅人の胸はギュッと何かに掴まれたかのような感じがした。
「お礼って、俺、君に何かしたかな?」
『してくれたわ。あなたはいつも私の為に水をくれた。話しかけてくれた。売れ残ってしまっていた私に寂しそうだって言ってくれた。だから言わせて。私を大事にしてくれてありがとう。』
彼女はそう言うと、微笑む。雅人はそこで気づく。彼女は自分が買ったサボテンだと。
「君は・・・」
彼女はそっと雅人から離れる。そしてふわりと夜風が吹く。
『ずっとお月様に願っていたの。あなたにお礼が言いたいって。そしたらお月様が条件をくれたの。十五夜の満月の日なら叶えてあげるって。それまでは話してはダメだって。ただ、夢だったら繋げてあげられるからって』
ここ最近見ていた夢は彼女が作っていた夢だったのかと雅人は理解した。
彼女はもう一度雅人に近づくと雅人のおでこにチュッと軽くキスをする。雅人が驚いているとまるでいたずらが成功した子供のように笑う。
『ふふ、キスしちゃった。』
雅人が彼女の手を握ろうとした。しかし、彼女はくるりと振り返り、また湖の方へと歩き出す。夢の終わりが来るのだと悟る。
「待ってくれ!俺は君に何も伝えてない!俺は君がー」
雅人は自分が思っている彼女への想いを口に出そうとした。すると彼女は雅人のほうを振り返り、自身の唇に指を押し当てる。まるで内緒だと言うように。そして彼女は口を開く。
『あなたの気持ちは知ってるよ。でも、私はあくまでも花なの。だからその気持ちには答えられない。さあ、夢が覚めるわ。そしたら真っ先に私を見て。きっと綺麗な花を咲かせているから。』
彼女はそう言うと、その姿が月明かりの下でおぼろげになっていく。
次に雅人が目を覚ますと、彼女が言っていたとおりに窓辺に置いてあったサボテンは美しい白い花を咲かせていた。
***
それからというものあの夢は見なくなった。
後から分かったことだが、あの花は月下美人というのだと。月下美人は夜に咲いて朝には萎んでしまい二度と開くことはないのだという。
雅人はまた新しい月下美人を買って育てている。またあの夢を見たら今度は自分から伝えよう。彼女への思いを。
また新しい花をつけるのを待ち続ける。
それが、あの夜に出会った彼女でないにしろこの思いに偽りなどないのだから。
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