第三話

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第三話

その日の夕方の休憩時間。 店舗奥の控え室に向かっていた僕は、控え室手前の事務室のパイプ椅子にうな垂れた様子で座る彼女と、その向かい側でしかめっ面で腕を組む店長の姿が目に入った。 “ああ、ついにやっちゃったのな。やりそうだったもんな” 彼女の身なりからそう思った僕ではあったが、ジロジロ見るのも申し訳ない気もして、チラッと一瞥しただけでそのまま無言で通り過ぎた。 そして、それっきりその子のことも忘れていた。 でもその日のバイト終わりに、裏の通用口から外に出ると、夕方のその子が、少し挙動不審な感じで、まだ店の回りをウロウロしているのに気づいた。 「ねえ君、ここで何してるの? こんな時間にここでそんなことしてたら、怪しまれるよ」 僕は思い切って声をかけた。 今考えれば、ここで無視しておけば違った人生もあったんだろうけど、その時の僕は、“店を守ろう”といつチンケな忠誠心と、同い年くらいのこの女性が再び過ちを犯すのを防ぎたいというちっぽけな正義感で、少し判断を狂わせていたんだと思う。 「あっ、えっ、あー…、はい…」 突然声をかけられて驚いたのか、声の主の僕を見つめた彼女は、何か言おうとして、悲しそうな目を僕に向けると、それ以上何も言わずに足早に去っていった。 でも、これで終わりじゃなかった。 次の日も、そのまた次の日も、僕が店から出ると、彼女は深夜のスーパーの周りをウロついていた。 その度に僕は声をかけて早く帰るように促し、その声を合図に彼女が帰る…という意味のわからない行動が何日か繰り返された。
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