第四話

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第四話

そして、ある日の夜。 「あちゃー、急に降って来たなあ」 僕は店舗裏手の従業員用の通用口から外を眺めていた。夕方までは晴れていたはずなのに、バイト終わりのこの時間になってから、急な土砂降りに見舞われ、傘を持ってない僕は、途方に暮れていた。 「おお、そこにある置き傘、適当に使っていいぞ。何年も前からある忘れ物の傘だから」 控え室の奥の方から、雨に気づいたフロア主任が声をかけてくれたので、僕はありがたく傘立ての中から一本借りて外に出た。 「こりゃ、今帰らずに、もう少し待った方がいいかなぁ」 激しさを増す雨にそう呟いてはみたけど、その夜はどうしてもリアタイで見たいアニメがあったので、多少心もとないビニール傘を手に、僕は意を決して歩き始めた。 するとスーパーの敷地を出てすぐのところ。隣のビルの軒先にある自販機の陰で、ここ何日か見慣れたピンクの健康サンダルが、小刻みに震えながら隠れているのが目に入った。 「な、何してんだよ、こんな日にまで」 軒先とはいえ、その小さな庇では土砂降りの雨を完全にしのげる訳でもなく、グレーのスエットはずぶ濡れで、いつもよりその色を濃くしていた。 金色と黒の二色のプリン状になっていたその髪の毛の先からは水滴が滴り落ち、その水滴はスエットに吸い込まれていく。 「は、早く帰れよ。こんな日にまで。バカなの?」 「だ、だって…雨がすごくて…」 この時が、始めて、ちゃんとした会話を交わした時かもしれない。 でもそう言うと彼女は、フラッと力が抜けたようによろめいた。 「だただ、大丈夫? おい、しっかりしろっ」 慌てて僕は彼女を抱きとめる。 「えっ、すごい熱じゃん。おい、あんた、家はどこだ?」 額に手を当てた僕のその問いかけに応えることもできないのか、彼女はハアハアと項垂れるばかり。 放っておいて帰る選択肢もあったはずなんだけど、何回もの“交流”で彼女への妙な親近感を抱き始めていた僕は、土砂降りの中彼女を背負い、自分のアパートまで連れて帰ることにした。
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