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第七話
「ねえ。話があるの。ちょっと聞いて」
ある日の晩。
スーパーから帰った僕がヘトヘトになってソファに倒れこむと、エプロンで手を拭きながらキッチンから出てきた彼女が、改まった様子で僕の前で正座をした。
僕も、だるい体をなんとか起こしながら、ソファに座りなおす。
「“できた”みたいなの」
「へっ?何が?」
「だから、“できた”ってこと!」
はにかんでいるのか、上目遣いでこっちを見つめる彼女。
僕はこんな時ですら、彼女が何を言っているのか分からずにいた。
自分が今までにしたことと、今現実に起こっていることとの因果関係への理解が追いついてこなかったのだ。
“できた…”って、この歳になって初めて逆上がりができたとか、そんなんじゃないよな?
えー、マジかマジか。
そんな…。
困ったな。このタイミングでか…。
てか、まだ結婚もしてないのに。
動揺している僕に、さらに彼女は追い討ちをかける。
「やっと分かってくれた?
そこでね。
貴方は忘れたふりしてるし、私もしばらくはあえて言わなかったけど、こういう事だから、“アレ”、早く“始末”してよね。
そうしてくれないと、私…」
彼女の目がかつてのように厳しくなり始めたのに気づいた僕は、慌てて立ち上がった。
そして、動揺した思考の中、思わず口走ってしまう。
「“始末”ってそんな言い方すんなよ!人の気も知らないで。だいたいこのタイミングで…
今言うことかよっ!」
カッとした僕は、思わず口走る。
それを聞いた彼女の視線が、刺すような冷たさに変わりつつあるのを察した僕は、寝室として使っている隣の六畳に慌てて避難した。
そこでほとぼりが冷めるのを待つのが最善だ。
彼女は案の定追っかけては来なかった。
その代わり、しばらくすると、居間に置いてある彼女用の小さなクローゼットから下着類を取り出しているのか、ごそごそと引き出しを開け閉めしている音が聞こえてきた。
“これから風呂に入るみたいだな。よし、今がチャンス…”
彼女が風呂に入った音を確認した後、六畳の押入れの天袋を開け、中から古ぼけたスーツケースを取り出した。
しばしそれを見つめて決意が固まるのを待つ。
“決行するなら、今しかない”
僕はゆっくりと足音を立てないよう歩き始めた。
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