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〈雪・俺と君〉
「ただいま」
我が家の扉を開けると、家の中は尋常じゃ無い甘い匂いで埋め尽くされていた。
.....ユキのフェロモンの匂い...。
立ってられないほど濃い匂いだ。
自分の頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
(.....出て行かないと。近親姦なんて、死んでもあり得ない。)
と、頭では分かっていても体が言うことをきこうとしない。
「ユキ...」
出るだけの声をしぼりだす。「抑制剤を飲んで」と、続けて言った。
こんなに濃いんだ。抑制剤も飲まずに何時間も放置しているとしか考えられない。
…いくら待っても、ユキの返事は帰ってこなかった。
仕方なしに、α用の抑制剤を取り出しガリッと奥歯で噛みくだく。
匂いが、俺の感度が少し和らいだ気がした。
それでもまだキツい…。
「ユキ、部屋か?入るよ?いい?」
呼びかけながら、部屋に続く階段を上った。
匂いが強まる。
ここにいるのはまず間違いないだろう。問題は、扉を開けた後に俺がユキのフェロモンに耐えられるかどうかだ。密室にいる状態でも、こんなに匂いがするのだ。そんななかで、もしユキが自慰でもしていたら..?…耐えられる気がしない。
念には念をかさね、抑制剤をもう1状噛みくだいた。
「ユキ?清春だけど、入っても良い?」
…返事が無い。それをシている時のような声もしてこない。
だが、フェロモンは相変わらず強いままだった。
諦めて、ドアノブに手をかける。
「ユ..........ッ!!?」
目に飛び込んできた光景に絶句したのを覚えている。
ユキが全裸で気絶していて、その隣で父さんが首を吊っていたのだ。
咄嗟に、ユキに抱きついた。フェロモンの匂いに当てられた脳が、熱をもって自身に訴えてくるが、…もはや、それに動じさせられないくらいに混乱していた。
抱きしめたユキの体には、大量に痣ができていた。…特に性器の回りに多い。
「はーっ、はーっ、はーっ…」
息が荒くなっていくと同時に、視界が明滅し始める。
だめだ、冷静にならなくては。
俺は、着っぱなしの上着からスマホを取り出して、母さんと警察に連絡をした。
〈終雪・俺〉
父さんは自殺だったらしい。
父さんには借金があったらしく、それ故だとか。
遺書に書いてあった。
ユキを恥辱した件については、なにも書いていなかった。
始めは俺が疑われたが、それは病院で目覚めたユキが全力で否定してくれた。
……………
ユキは、言葉を失った。
父親に性的暴力を受けたストレスにより、失語症というものになったらしい。
…ユキは笑うのが苦手になった。
俺の父親のせいで。
…俺のせいで。
俺がもう少し早く帰ってきていれば。
俺が父親をもっと深く理会していれば、……父親が死ぬことも無く、そうしたらユキが傷つかずにすんだかもしれない。
俺にはそれができたかもしれなかったのに。
ユキの事をなんとしてでも守りたい。
これ以上傷付けたくない。
はっきりとそう思った。
ユキは、奇跡的に妊娠はしていなかった。
……それがせめても「良いこと」だった。
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