2/7
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
〈雪・俺と君〉 「ただいま」 我が家の扉を開けると、家の中は尋常じゃ無い甘い匂いで埋め尽くされていた。 .....ユキのフェロモンの匂い...。 立ってられないほど濃い匂いだ。 自分の頭の中が真っ白になっていくのを感じた。 (.....出て行かないと。近親姦なんて、死んでもあり得ない。) と、頭では分かっていても体が言うことをきこうとしない。 「ユキ...」 出るだけの声をしぼりだす。「抑制剤を飲んで」と、続けて言った。 こんなに濃いんだ。抑制剤も飲まずに何時間も放置しているとしか考えられない。 …いくら待っても、ユキの返事は帰ってこなかった。 仕方なしに、α用の抑制剤を取り出しガリッと奥歯で噛みくだく。 匂いが、俺の感度が少し和らいだ気がした。 それでもまだキツい…。 「ユキ、部屋か?入るよ?いい?」 呼びかけながら、部屋に続く階段を上った。 匂いが強まる。 ここにいるのはまず間違いないだろう。問題は、扉を開けた後に俺がユキのフェロモンに耐えられるかどうかだ。密室にいる状態でも、こんなに匂いがするのだ。そんななかで、もしユキが自慰でもしていたら..?…耐えられる気がしない。 念には念をかさね、抑制剤をもう1状噛みくだいた。 「ユキ?清春だけど、入っても良い?」 …返事が無い。それをシている時のような声もしてこない。 だが、フェロモンは相変わらず強いままだった。 諦めて、ドアノブに手をかける。 「ユ..........ッ!!?」 目に飛び込んできた光景に絶句したのを覚えている。 ユキが全裸で気絶していて、その隣で父さんが首を吊っていたのだ。 咄嗟に、ユキに抱きついた。フェロモンの匂いに当てられた脳が、熱をもって自身に訴えてくるが、…もはや、それに動じさせられないくらいに混乱していた。 抱きしめたユキの体には、大量に痣ができていた。…特に性器の回りに多い。 「はーっ、はーっ、はーっ…」 息が荒くなっていくと同時に、視界が明滅し始める。 だめだ、冷静にならなくては。 俺は、着っぱなしの上着からスマホを取り出して、母さんと警察に連絡をした。 〈終雪・俺〉 父さんは自殺だったらしい。 父さんには借金があったらしく、それ故だとか。 遺書に書いてあった。 ユキを恥辱した件については、なにも書いていなかった。 始めは俺が疑われたが、それは病院で目覚めたユキが全力で否定してくれた。 …………… ユキは、言葉を失った。 父親に性的暴力を受けたストレスにより、失語症というものになったらしい。 …ユキは笑うのが苦手になった。 俺の父親のせいで。 …俺のせいで。 俺がもう少し早く帰ってきていれば。 俺が父親をもっと深く理会していれば、……父親が死ぬことも無く、そうしたらユキが傷つかずにすんだかもしれない。 俺にはそれができたかもしれなかったのに。 ユキの事をなんとしてでも守りたい。 これ以上傷付けたくない。 はっきりとそう思った。 ユキは、奇跡的に妊娠はしていなかった。 ……それがせめても「良いこと」だった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!