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「よ! おはよう!」  早朝から元気なはきはきした声がし、波瑠は心の中でため息を吐いた。 (またか)  この元気な声の主は、笹川優也。高校の入学式で俺に話しかけてきたやつ。陽キャラで爽やか野球ボーイ。  人懐っこい笑顔を向けられ、波瑠もぎこちなく口角を上げて笑顔を作る。 (朝から眩しいやつ)  笹川優也と同じクラスだと知ったのは、入学式の次の日だった。一年は5クラスあるため、同じクラスになる確率は5分の1。5分の4の確率で違うクラスになると思っていたのに、教室に入った途端、友人らと談笑していた笹川優也とバッチリと目が合った。内心、げっ、と悪態を吐いたが、笹川優也は、俺に手を振り「波瑠、おはよう!」と爽やかな笑顔を向けた。  同じクラスだけなら、まだ避けられただろう。しかし俺は忘れていた。席順が名簿順であるということを。 「同じクラスで席も前後って俺ら凄くね?」 「……そうだね」  桜井、笹川、名簿順になると当たり前のように前後になる。なんの嫌がらせだ、神様。  さらに俺を驚かせたのは、次の日。  学校に行くためにマンションのドアを開けたときだった。「行ってきまーす!」という声とともに隣の部屋のドアが開いた。耳慣れた声に思わず横を見ると、隣の部屋のドアから出てきたのは、笹川優也だった。  あまりの驚きに波瑠は眼を見開き、何度も瞬きをした。声すら出ないとはこのことだ。優也も波瑠を見た途端、少し眼を見開いたが、眼を見開きあんぐりと口を開けている波瑠を見て、ぷっと吹き出し笑いをした。 「プハハハッ……! すげぇな、俺ら」  神様、これはあんまりじゃないか。離れたいと思っている相手とクラスも一緒、席も前後、家も隣同士って、離れるに離れられないじゃないか。  偶然なのか、それとも計画的なのかわからないが、笹川優也とは毎朝のように家を出る時間が重なる。家の前で会ってしまえば方向は同じな為、必然的に一緒に学校に行くことになる。隣でベラベラと部活のことや学校のこと、家族のことを話す優也の話を波瑠は右から左へ聞き流す。  よく喋るやつ。これは、笹川優也に新たに付け加えられた項目だ。  爽やか。イケメン。背が高い。スポーツマン。陽キャラ。友達多い。そして、よく喋るやつ。  波瑠は話をすることが得意ではないため、会話を要求されないだけましだ。逆を言えば、会話すらまともにしない波瑠を優也は退屈に思わないのだろうか、と疑問に思う。  投稿も一緒、クラスでも一緒、放課後は優也は部活があるため別々に帰るが、それ以外はほぼ一緒にいる。  笹川優也の近くにいると、やはり自分との周りの環境の違いをひしひしと感じる。例えば、周りにいる人間。波瑠の周りには波瑠を馬鹿にするやつか、可哀想な子と卑下するやつしかいなかった。でも、笹川優也の周りには優也を慕うやつが多い。弟と妹がいるためか、面倒見がいい。そのためか、優也は困っている人を放っておけないらしく手助けしてしまうらしい。損得なく人助けをする優也の人柄に惹かれてか、人が集まってくる。それもいい人ばかり。  親切で優しい優也とは違い、俺は不親切で優しくない人間だ。現に優也のことがあまり好きではないのに、拒絶の言葉を言うことが出来ずにずるずると一緒にいる。  優也はモテる。男にも女にもどちらにもだ。入学して数日後に可愛いと有名な二年生の先輩に告白されたらしいが、断ったらしい。理由は、「部活に専念したいから」という当たり障りのない断り方。その先輩が優也を好きになったきっかけは、先輩がお気に入りのペンをどこかに落としてしまい、優也が一緒に探してくれたからだという。  イケメンが自分のために必死になってくれたら、そりゃ女なら誰でも惚れてしまう。 (付き合う気がないなら、優しくしなきゃいいのに)  好かれたい相手にだけ優しくすればいい。優しくしたところで、その人が好きになってくれるかは分からないが、好意は伝わる、、、はず。  そう思っているが、波瑠は告白すらされたこともないし、親からも好かれた記憶もない。誰からも好かれたことのない自分の乏しい経験値から導き出した答え。  恋だの愛だのは、本で読んで得た知識しかない。だから、実際に人に告白されたことのある優也は、波瑠より人の好かれ方においてプロフェッショナルである。  目の前で自分には真似できないスキルを発揮され、男の男女問わず好かれる人間たらしの能力はどんなに波瑠が努力したところで手に入れられる能力でもない。  だからなのだろうか、波瑠は優也を敵視している。敵視しているのは波瑠だけで、優也は波瑠が敵視していることすら気づいていない。  優也も波瑠なんか相手にしないだろうし、眼中にもないだろうが……。 「お前、毎日コンビニ弁当なの?」  コンビニの袋から弁当を取り出すと優也が尋ねた。 「そうだけど」 「体に良くないだろ」 (余計なお世話だ)  波瑠の体は波瑠のものだ。優也に心配される筋合いはない。コンビニ弁当だからなんだというのだ。生まれてからずっとコンビニ弁当しか口にした記憶がない波瑠にとっては、コンビニ弁当は家庭の味のようなものだ。 「お前んちの母ちゃん作ってくれないのか?」  イラッ。  ほらみろ、こういうなにも悩みかなさそうなやつは、聞いてほしくないプライベートなことまで抵抗なく聞いてくる。  家庭のことを聞かれることは、波瑠にとっては泥まみれの靴のまま土足で家に上がられるくらい嫌なことだ。 「俺、一人暮らしだから。それに、人がなに食べてようが関係ないだろ」  ぶっきら棒に答えた。これ以上、家のことは聞かれたくない。波瑠は目に見えないバリアを張った。  『なんだよ、その言い方! むかつく!』、無愛想な波瑠は、よく同級生たちにこう言われることが多かった。無愛想でなにが悪い。好きでもない、むしろ人の家庭のことを聞き出して、笑いのネタにするようなやつに好かれようとも思わない。波瑠にとっての敵はいつだって近くにいる人間だった。 (確実に嫌われたな。まあ、いいや)  今まで波瑠はひとりでいることが当たり前だった。今はベッタリと波瑠にくっついている優也だが、いつかは無愛想な波瑠に対して嫌気がさし離れていく。  その方が楽だった。人といるとなにを話していいかわからないし、自分といてこいつは楽しいのかと不安になることもないから。 「波瑠、あーんってしろ」 「は?」  優也の言っていることが理解できず、波瑠は疑問そうに眉を寄せた。 「いいから、あーん、しろって」  あーん、とは口を大きく開けろという意味らしい。優也が自らの口を開け、同じようにしろと促す。  波瑠は頭にクエスチョンマークを浮かべながら、優也の真似をしそろりと口を開いた。  そのとき、勢いよくなにかが口の中に突っ込まれた。 「んにすんら、ふぉのやおー!(なにすんだ、このヤロー!)」  口に入れたまま喋ったせいでうまく言葉にできない。  なに入れやがった、こいつ!  もぐもぐ、もぐもぐ。 「うまい?」  ごくん。 「……うまい」 「だろ?」  口の中に入れられたのは、卵焼きだった。  コンビニ弁当に入っている卵焼きとは違い、卵がふっくらとしていて甘さの中にほんのり塩のしょっぱさがある。 「これ、あんたの親が作ったのか?」  人が作ったモノを食べたのは初めてで、素直に美味しいと思った。 「俺が作ったんだ」 「マジ?」 「マジ」  笹川のステータスに新たに「料理上手」が追加された。 「俺んち、父親が単身赴任中で海外にいるから、家に滅多に帰ってこないし、母ちゃんもパートだけど働いてるから。母ちゃんひとりで子供3人育てるの大変だろう? だから、料理だけは俺が作ってんの」  なんていうか、親孝行のいい息子だ。兄弟のことだけではなくて、親のことまで考えている。 (俺なんて、自分のことしか考えてないのに……)  人間力の差でも波瑠は優也には勝てない。というか、なに一つこの男には勝てないと思った。 「どんな物を食べるかで人の体は良くも悪くもなるんだから、体に良い物食え。病気になったら、悲しむやつもいるだろ」  波瑠が病気になったら悲しむ人などいない。母親ですら悲しまないと思う。 「一人暮らしなら、尚更体のことを考えて自炊しろよ」 「でも、俺、料理したことない。……道具もないし」  ていうか、家には包丁すらない。唯一あるのはカップラーメンを作るときにお湯を沸かすヤカンくらいだ。 「なら、買い物行こうぜ。今度の土日あいてる?」 「……あいてる」 「料理道具買って、お前んちで料理教えてやるよ」 「いや、そんな迷惑だし……」 「迷惑なんかじゃないって! それにお隣さんに栄養失調で倒れられたら俺だって困るんだよ!」  「決まりー! 楽しみだな」、優也が言った。  なんなんだ、こいつは。強引に予定を組まれた。断る口実さえ波瑠は考えつくこともできず、しぶしぶ了承してしまった。
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