仙助の受難・・・②

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仙助の受難・・・②

   不意に食い入るように見ていた仙助の月代を、信太郎の手によって強く押された。  反射的に、苛立った仙助が(おもて)を上げる。  その途端、 「そんなに見るな。最近忙しくって、つるつるにする暇が無かったのだ」と、小憎らしい言い訳が降ってきた。 ―はは、この期に及んで未だ(しら)を切っていやがる  何時(いつ)ものツンとした面差しで、出鱈目(でたらめ)を言いのける信太郎に鼻白み、仙助は僅かに平静を取り戻す。  だが滝の様に流れる冷や汗は隠しようも無く、焦った仙助は何故かぎこちない微笑みを浮かべてしまった。 ……その笑みが、よほど不気味だったのだろう。  突如、恐れ慄いた信太郎は、慌てて自身の繁みに剃刀の刃をあてがった。  恐怖と焦りとで手が震え、ゆるく捻じれた細い毛が、幾度も剃刀の刃に引っかかる。  何も塗らずにそのままするのか?とも思ったが、仙助は余計な口出しはしなかった。  意地悪い気持ちも、勿論あった。  信太郎は、それでも懸命に剃り進めていた。  早く終わらせたいという心が丸わかりの、几帳面な信太郎の仕業とは思えない乱雑な仕上がりだった。  元々毛が少ない男の魔羅は、あっという間にむき出しになる。  余計なものを削がれたそこは、わずかな刺激で赤々と熟れていた。  鴇色から桃色に、ほどよく染まった水蜜桃。  それが今、まさに食べごろと言わんばかりの色味を醸し出している。  仙助は己の下肢の異変に気が付くと、あからさまに信太郎から目を逸らした。  これ以上見ていたらまずい、と本能が告げている。  口の中には(つばき)が溜まり、腹を減らした猛獣のように、もう、その事しか考えられなくなっている。  仙助は苦悶の表情を浮かべながら、自身の意思の弱さを胸の内で叱咤した。 ―まて、まて  積年(せきねん)の恨みを晴らす為にも、信太郎に一泡吹かせてやるんじゃなかったのか?  分かっている、分かってはいるが、仙助の若さがそれを難なく裏切る。  このままでは一泡吹かすどころか、自分の身の方が危ぶまれそうだった。  いま信太郎に手を出したら、確実に店を辞めるどころの騒ぎではない。  奉行所に突き出される?いやそれなら未だマシだ。  その前に、あの凄腕の手代から恵比須屋の:娘婿(むすめむこ)にまで昇り詰めたこの店の大旦那(おおだんな)—  信太郎の父、幸太郎(こうたろう)に人知れず始末されるに違いない。  幸太郎は次期((あるじ)として信太郎に厳しくしつつも、投げかける言葉の端々に、息子溺愛の片鱗が見え隠れしている。  雇人(やといにん)にも決して怒鳴り散らす事などしない男だが、笑顔の中にふと見せる炯眼(けいがん)が、只ならぬ人柄を表していた。  仙助は胴震いを一つすると、荒ぶる精神を落ち着かせるため、おもむろに目を閉じた。 ―もういいだろう。若旦那には、十分辱めを受けさせた  こんな事で猛省するとは到底思えないが、心が少しスッとしたのは事実だった。  それよりも一刻も早くこんな事は辞めさせて、己を惑わすその魔羅を仕舞わせるのが、賢明な判断だ。  理性と本能の狭間(はざま)彷徨(さまよ)っていた仙助が、やっと決着をつけた時だった。
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