「差し入れ・・・」

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「先輩、またです。どうします?」 市内ゴミ収集車に乗る友人の話である。彼の担当地区では最近、ある“差し入れ”に困っていた。ゴミの収集ステーションの一つで作業を終え、車に乗り込むと運転席に 2つの“缶コーヒー”が置いてある…ゴミの収集量が多い場所なので、助手である友人と 運転手の先輩は車を降りるのが決まっていた。その二人が車内にいない時間に 缶コーヒーが置かれるようだ。 このステーションだけに限って頻発する事から、 先輩が運転席に残って様子を見た事はあったが、一瞬目を離した隙に、手元にコーヒーがあるという始末。件の収集場所は住宅地の近くにあり、ステーション前には雑木林が広がっているが、いくら収集中とはいえ、人が近づけばわかる。特に、この差し入れが始まってからは、注意して見ているため、尚更だ。 そんな状態の中で、必ず置かれる缶コーヒー…しかも乗車人数が2人から3人など、変更がある時は、増えた人数分のコーヒーが用意されるという徹底ぶり…友人は不思議を通りこし、薄気味悪かったと言う。 「…いつもと同じだ…捨てとけ。」 顔をしかめた先輩の返事も毎回同じ。友人は、やれやれと言った様子で、缶コーヒーを掴み、車外に出る。コーヒーをステーション内に置くと、再び車に向かう。簡単な動きとは言え、 正直、ひと手間だから、非常に面倒だ。 「一体、何なんすかね?」 「さあな…ただ、あのコーヒーの銘柄は、俺が若い頃流行った奴だ。見た目も汚れてるし、 絶対に可笑しい。だから、構うな。」 助手席に戻りながら、ぼやく友人を先輩が窘める。その時だった。 「オイッ…」 酷く濁った、野太い声が車内にゆっくり響いた。 「何で、飲まねぇんだよ…」 それ以降、差し入れが置かれる事は無くなった…(終)
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