進歩と傲慢

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9月20日 今日、僕に念願の恋人ができた! いない歴32年‥やっと、やっと僕に恋人ができました。 明日は遊園地デート。 お弁当を彼女は作ってくるらしい。 あっ! 書き忘れてた。 『桜 香織』彼女の名前です。 香織ちゃんが明日、弁当を作ってきてくれる。 おにぎりかな? サンドイッチかな? 楽しみだ。 さ、もう寝よう。 明日は6時に起きて、アレコレ身だしなみ整えなきゃ。 9月21日 驚いた‥ホントにホントに驚いた。 だって香織ちゃん‥‥‥僕と一緒にいたい、暮らしたいって言うんだ。 ずっとずっと、いっしょにいたい、暮らしたい。 これって‥結婚したいってことかな? いやその前に、同棲したいってことかな? 落ち着け僕‥もう寝よう。 あ、香織ちゃんのお弁当は タコさんウインナー、から揚げ、玉子焼き(甘いやつ) ポテトサラダ、うさぎリンゴ あと、おにぎりとサンドイッチでした。 チョー美味しかった。 10月1日 しばらく日記を書く間がなかった。 いや、書かなかったといってもいいかな。 だって‥ここ1週間というものは ホントにめまぐるしくて。 いま僕の隣で香織ちゃんが、すぅって寝息を立てている。 シャンプーのいい匂いが僕を包んでいる。 いい匂いのシャンプーなのか、 香織ちゃんの長くて透き通るような黒髪から立つ香りだからいい匂いなのか。 うん、今まで僕が使ってたシャンプーだから これは香織ちゃんの髪の毛だから立ついい香りなんだと確信。 ビトって僕の足と香織ちゃんの足が触れ合うと パジャマ越しにお互いの肌と肌のぬくもりが感じられて‥ なんか、僕、幸せです。 10月5日 今夜は香織ちゃんの得意料理を食べた! ハンバーグが得意料理なんだって。 味はもう、今まで食べてきたハンバーグの中で ダントツの1位!! これはもう、破られることはない! 10月7日 少し落ち込んでる。 なんかね‥ちょっと気になることがあったんだ。 もう寝よう。 10月8日 なんでかな。 なんでかな。 10月10日 もういやだ。 なんで? なんで? なんで? 香織‥なんで? 10月20日 香織。 覚えてる? 今日は君と僕が付き合うことになってから1ヶ月の記念日だよ。 僕はお祝いのケーキと花束を買ってきた。 君はいつもの白いレースのエプロンをしていて、キッチンに立っていたけど振り返り 『わぁ、ありがとう‥おぼえててくれたの? 嬉しい』 そう言って涙ぐんだね。 僕はそんな君が愛しいよ。 ホント、愛しい、愛おしい。 たとえ君が僕の友達の雅彦とホテルから出てきても。 たとえ君が僕の友達の光男とキスしていても。 たとえ君が僕の友達の義之と身体を寄せ合ってヒソヒソ話して、クスクス笑っていても。 僕は君が愛おしいんだよ。 12月24日 今日はクリスマスイブ。 僕はあれからずっと香織のことだけを見てきた。 君は僕のことを好きだ、愛してるといってくれる。 それと同じように僕の友達連中にも言っている。 もうあんな奴らは友達じゃない。 すると おととい、先生がやってきて僕に『君と別れろ』と告げたんだ。 香織、君は先生とも関係があったのかい? 雅彦も光男も義之も、先生いや伸晃のヤツも僕から香織を奪おうとするんだ。 アイツらに奪われるくらいなら僕は、君を永遠に僕のものにしよう。 そう、今夜0時ちょうど 公園で君と待ち合わせしているだろ? 天使の時計台のあるあの公園。 クリスマスは特別に0時ちょうどに鐘が鳴る。 あの鐘の音を聞きながら僕は君を永遠に僕のものにする。 僕だけのものにする。 もう誰にも渡さない。 香織、愛してる。 愛してる、愛してる、愛してる、愛している。 「そうか、とうとうやってしまったか」 「はい、夜遅くに公園で。 なんでも野上くんは手にナイフを持ち、鐘の音が響き渡る中で刺したとか。 大勢の人たちに被害が及ばなかったので、よかったです」 「で、S-04は回収したのか」 「回収してただいま、修理中です」 「ふむ、それはよかった。 試作機にどれだけ研究費をつぎ込んでると思ってるんだ、あのバカは。 せっかく忠告してやったものを聞かず、愚かなことをしてくれたよ」 「S-04と野上健一は失敗ですね。 S-05と橋本雅彦、S-07と尾崎光男、S-08と春田義之にも 野上と同様の状態が見受けられます。 ま、進行といいますか症状と言いますか‥野上君よりは若干遅いですが」 「なるほど‥人選ミスかもしれないな。 研究員なら機密も守れるし、うってつけだと思ったんだが‥世間知らずではダメか」 「一般募集ということで、学生たちを選んではいかがでしょうか」 「あと、民間の結婚相談所からと‥そうだな、町中からランダムに選ぶのもいい。 既婚・未婚は問わない」 「いろいろなケースを試すのですね」 「ああ‥データは多いにこしたことはない」 「ですが、今回のようなことがまた起きたらどうしましょうか」 「それには心配いらんよ‥なにせ、ただの器物損壊なのだから」 「それもそうですね」 「ああそうだ、それと‥、Sシリーズの顔をそれぞれ変えてみよう 一般的に好かれる容姿を組み合わせた ひと種類で試作機を作ってはみたが もう1つ‥いや、2つほど作ってみるか。 またカネがかかるが」 「ここまで成果は見えてますし、出資も集まるかと思います。 では、次の実験の人選に入りますので」 「頼むよ」 博士は研究室から出る。 2080年 新たな事業として『セックスロボット』の開発が進められていた。 異性間・同性間、問わず人は より良い容姿の者に惹かれ 関係を持ちたいと願う。 自分好みの容姿、性交渉のあらゆるテクニックをインストールされ 持ち主だけを愛するセックスロボットの開発。 性の欲求を満たすべく、開発は進められ 現在、4体の試作機が実験を重ねている。 「しかしね‥いくら便利な物を作っても、使う人間が進歩しない限り 何を作っても無駄になるわ‥野上君のような失敗が増えなきゃいいけど」 ため息をついて、助手は去っていった。 研究室の奥‥修理を終えた香織‥S-04が横たわっている。 室内のコンピューターのディスプレイに『記憶データ、初期化完了』の文字が出ていた。 この瞬間、寂しい男性の目の前に舞い降りた天使のように 一途に野上を愛した香織は死に‥ S-04という機械人形がただ、そこに横たわっていた。 機械人形の瞳から、涙が一筋こぼれたのは‥誰も知らない。
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