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埃にまみれた床へ崩れ落ち、溢れる涙を止めようと手で覆うが意味はない。
このまま枯れ果ててしまうような気がしたが、意識の奥でスマホの通知音が聞こえて、我に返った。
「……なんだ、これ」
朧気な視界の中、白く光る画面に目を細める。難しい文章が並ぶ中、ただ一つの言葉だけ目に入ってきた。
それが意味することを理解した時、俺は部屋を飛び出していた。どこにいるのかもわからない彼女を捜して。
思い当たる場所は全て回ったが、そう簡単に見つかるはずもない。
息も絶え絶えに、一寸の希望を信じて彼女へ電話をかける。コール音が続き、それでも諦めきれずに待っていると、音が途絶えた。
『……もしもし』
声がする。一ヶ月ぶりに聞く、彼女の声。
多くの感情がこみ上げてきたが、荒い呼吸を未だ整えられない。早く、早く何か言わないと切られてしまう。
だが、そんな心配は必要なく、彼女はただ黙って待っていてくれた。
こんな俺にもまだ優しくしてくれるんだと、目頭が熱くなる。
「ごめん、いきなりかけて。どうしてもっ、伝えたいことが……」
『わかったから。ちゃんと聞くから』
「ハァ、ハッ……い、一次審査通った!」
『……え? う、そ……』
一言で、俺の言葉の意味を理解してくれた。
それもそうだ。俺達はずっと、これを待っていたんだから。俺の書いた作品が、応募先で高く評価されることをずっと待っていた。
「最後まで残れるかわからない。でも、やっと前に進んだんだ。二人でいたからここまで来れたんだ。だから、出張が終わったら、戻ってきてくれないか?」
『……こんなに長く、本当に出張に行ってると思ってたの?』
「嘘でもいい。戻ってきてくれるなら、なんでもいい。戻ってきたら、前に言ってた店に一緒に行こう」
『お金ないから、行けないんじゃなかった?』
「今さらだけどさ、目標にしたいんだよ。買えるように頑張りたいから、何が欲しいか選んでほしい。俺も一緒に選びたい」
今度こそ、離したりしないから。
この想いを、電話でしか伝えられないことがもどかしい。
彼女からの返事を待っている間も落ち着かなくて、長く伸びた自分の影をひたすら見つめていた。
『……のよ』
「え、なに?」
『連絡してくるのが遅いって言ったの』
何度も電話をかけたのに、という言葉は腹の奥へ押し戻した。涙声の向こうで聞こえるヒールの音が、軽やかに聞こえた気がしたから。
振り返った先にある真っ赤な夕日に向かって、二羽の鳥が飛んでいく。並んだり離れたりを繰り返しながらも、同じ場所を目指しているようだった。
明るい声で「あの時もそうだったけど」と今までの文句を言いだした彼女の声を、電話越しに笑いながら聞いて、俺も夕日に向かって歩き始めた。
end……?
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