冬の訪れ

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 運ばれてきたコーヒーが香ばしい香りを立てていた。それを飲んだ彼女の顔は悲しいくらい歪んでいた。 「なにこのコーヒー……カップの中に豆が入ってるんだけど……」  口の中に入ってしまったらしい。悲しそうに紙ナプキンで口の中を拭う彼女を見て少しだけ哀愁を感じていた。 「トルココーヒーだからな……少し一般には馴染みがないかもしれないな」  俺は自分の紅茶に杏ジャムを入れて彼女の前に差し出した。 「まあ……交換してやるからこっちを飲めよ。取り敢えずコーヒーは奢ったからな」  更にマスターに追加注文でザッハトルテを二つ頼む。紅茶との相性は悪くないはずだ。甘党の人間にはたまらない味わいがあることは既にこの身をもって体感済みだ。 「ザッハトルテ……初めて食べるけど、とても美味しいわね」  少なくともこの店の甘味でハズレはない。ここで一年バイトしていて頼まれたメニューを食している客の表情からわかっていることである。 「さて、この街に引っ越してきたってことはまた会うかもしれないな」  別れ際に彼女に言ってみる。別に別れを惜しんでいるわけではない。可能性の一つとしてあげただけだ。 「できればもう二度と会いたくないものね」 彼女は薄く笑って言った。 「氷室慎だ……」  また会うこともあるかもしれなのだから、名乗っておくのもいいだろう。 「名乗られたら名乗り返すしかないわね。宇佐原雪見よ……さようなら、甘いもの好きの二次元オタクさん」  目を閉じて微かに口元に笑みを浮かべ彼女は去っていった。……去り際に小石に躓いて転んで、一度こちらを振り返って睨んでいたのは見なかったことにしよう。
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