おそるべし、は天然か

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 「お連れ様です。」  と、襖の向こうから声がかかる。  すると、どうぞーと、きっと一番立場が上でありそうなおじ様が店員さんに答えた。  そして襖が開くと、さらに四人増えたのだ、おじ様が。  中でも一番目立った姿をしているのは、甚平姿でぽっちゃり体形、金縁の眼鏡をかけているおじ様だった。その後ろには、いかにも気の弱そうなスーツ姿の男性がいたが、その男性を見て、私は直感した。 ――あ、きっと、この人も運転手だ、と。  そして、その気弱そうな男性は、私の隣に座らされた。  そして何を飲まれますかと、男性に尋ねると、ウーロン茶で、と答えたのだ。 「もしかして……運転手ですか? 今日。」  と聞くと、その男性は、先ほどの若い男性と同じ笑みを浮かべながら、こくり、と頷いたのだった。  そんなこんなで、運転手二人と『D&G』サングラスのおじ様とばかり話をしていた私。  『報道関係』のおじ様は、私には何も興味がなかったようで、私の隣の隣の隣に座る瑞穂ちゃんに話しかけていた。  なんでも趣味がテニスと乗馬なのだとか。  それで、今度一緒に行こうと誘っていた。 「興味ないので……。」  と、瑞穂ちゃんが断ると、そのおじ様は大丈夫だよ、と言った。  そして、穏やかな声でこう続けたのだ。 「僕が手取り足取り教えてあげるから、何も心配ないよ。」  と。  瑞穂ちゃんは興味がないと言ったのに、なぜその答えになるのかと、私は危うく笑い出しそうになってしまった。だって、そんな台詞を言う人が、現実世界にいるなんて思わなかったもの。  それからしばらく経ち、付き合わされた運転手二人が、腕時計をちらちらと気にし始めた。それに私が憐みを感じていると、飲み放題のラストオーダーだと店員さんがやってきた。  すると女子三人、それと運転手二人の表情が、待ってましたと言わんばかりに明るくなった。  もちろん注文なんてするわけもなく、ではそろそろと、女子が皆、顔を見合わせて立ち上がろうとした……、  そのとき! 「いいじゃん、もう一軒行こうよ。」  と、佐々木さんが言った。  その声が聞こえたとき、運転手二人の顔が悲しそうに一瞬歪んだのを私は見た。  可哀そすぎる……と思ったことを、私はきっと、一生忘れない。 「一人、終バスが早い子がいて。お家遠いんです。」  という、半分本当の嘘をつくと、おじ様たちは諦めてくれた。  そうなると、おじ様たちの狙いは連絡先を手に入れることに変わったらしい。運転手二人と『D&G』のおじ様を除いて、皆が一斉に携帯電話を取り出した。  けれど、女の子たちはもちろん断っていた。 「電池切れちゃって……。」 「携帯忘れちゃって……。」 「覚えてないんで、教えてもらえますか? 後で連絡します。」  三者三様、バレバレの嘘でその危機を乗り切り、おじ様方はそこで諦めてくれたらしかった……もちろん、私は聞かれなかった。  そして、お会計である。  一番偉い感じのおじ様が、こう言ったのだ。 「じゃ、女の子は安くしとくよ。一人五千円ね。」  その偉い感じのおじ様の言葉に、まじか……と、私は思った。  きっと、色々断ったからだろう。  単価も安い焼き鳥屋、コース料理に飲み放題のプラン、追加注文もなく、女子側はほぼ何も口にしていないし、最初は奢ってくれると言っていたのにも関わらずだ。  私はひたすら飲んでいたので、文句も薄い。  でも、それで五千円は高すぎると、女四人、え、と、表情が凍りついたのはしょうがないことだろう。  しかも絶対、安くしていないに決まっている。それどころか、高めに言ってないか? と、疑問を持ったが、さっさと帰りたかった私たちは、大人しく五千円を払い、店を出ることにした。  ところが、だ。 「君の分はいいよ、俺が払っておく。」  と、私は『D&G』に腕を掴まれ、そう言われた。  私にしては珍しく『D&G』には、気に入られたらしかった。そして、『D&G』は、私の耳元に口を寄せ、囁くように言ったのだ。 「飲みっぷりがいい子は嫌いじゃないからね。その、ニコニコとした笑顔も、崩してやりたくなっちゃうよ……これ、連絡先。」  と、小さくたたまれたレシートを私は渡された。  なんで皆、レシート裏に連絡先を書くのだろうかと、疑問に思った。  が、考えてみれば、連絡先を聞く前に払ってくれると言った『D&G』のおじ様は、実は一番、心が広かったのかもしれない。  けれど、私だけ奢られるわけにはいかないだろう。というか、借りを作るわけにはいかないのだと、私は、その申し出を丁重にお断りして、五千円を払い、部屋を出た。  部屋を出てから、私は一人で大爆笑しそうになった。  社長という生き物がそうなのか。  それとも、おじ様という生き物が、なのか。  漫画やドラマでしか見かけることのない、イケメンが発する台詞。  その台詞を、ああも簡単に口にすることができるのかと、私はしばらく引き笑いが止まらなかった。  そして、まるで通夜帰りかというような雰囲気を纏い、疲れ切った風な女三人と私は、エレベーターに乗り込んだのだ。
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