消えた者

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消えた者

「銃刀規制が強化されて2ヶ月、またも斬殺された遺体がx市で発見されました。以前から同様の方法で7人が殺害されており、いずれも痕跡ひとつ残さずその場を立ち去っている様です。県内の広い範囲で事件が発生していることから、犯人は複数いると思われ……」  そんな事件の速報が垂れ流しにされている正月の昼下がり、『ミナ』は初詣の準備をいそいそとしていた。  近所の神社に行くつもりだが、夜のリア充はどうせ絵馬とかに現を抜かすのだろう。つくづく都合のいい種族だと思う。普段は神なんか信じない癖に、そういう時だけお参りに行く。  一緒に行こうと連絡した友達は『彼氏と行く』という返事が返ってきた。残念だが、一人で行くほかあるまい。いかないという選択肢は頭の中にはなかった。  家を出ると、神社に向けて歩き出す。玄関にはお正月の飾りが下げられており、ミナは今朝食べたおせちを思い出す。美味しかったなあ、特に数の子。お酒は苦かったけど。 「はあ……彼氏が欲しいなぁ。でも私みたいな武器オタクは避けられるし……」  ミナは超がつく程武器が好きで、エクスカリバーのような有名な武器から創作の中だけの存在までよく知っている。行こうとしている神社も、武器にまつわる伝説の残る社だ。  ――その昔、天の神々に戦いを挑み、敗れたものの、最強クラスの神々が全滅する一歩手前まで追い詰めた刀があり、敗北した後も呪いを撒き散らして神々を苦しめた為、その刀を封じる神社を建立した――  現代風に解説すると、このような伝説だ。そうこうしているうちに到着した。長い石段を登ろうとすると、何かがミナの脇を通り過ぎる感覚が走る。真冬の寒さとは全く違う、謎の寒気が彼女を襲い、思わず辺りを見回す。下にいるおじいさんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。 「あ、あはは……」  愛想笑いを浮かべると、そそくさと階段を駆け登る。その間も、視線は何故か社ではなく石段の両側にあるヒノキの森に向けられていた。視線を感じたのだ。変質者やストーカーとも違う、友達とももちろん違う。尋常ではない視線をチラチラと感じている。  石段を登りきる直前、隣を小さな男の子が駆け抜けて行った。石段を登る時には居なかったはずだ。 「え?」  また、辺りを見回すがその男の子は影も形もなかった。言いしれない不安を感じながらお参りを済ませ、毎年この神社で振る舞われている甘酒を飲みに行こうとする。  ――その時だった。社の後ろにある森から暗いモヤが流れてきた。周りの人はそのモヤに全く気づいていない。しかし、ミナにはハッキリと見えた、モヤの中で蠢く大量の骸骨が。 「―――ッ!!!」  後ずさるミナ。だんだん形がはっきりすると、カタカタと顎を揺らしながら鎧を被った骸骨が突進してくる。ミナは目の前で起きている怪異に対し、何も出来ずにいた。 「……死人の分際で生者に手ぇ出すんじゃねえ」  ミナの腰あたりに気配を感じ、はっと下を向くと、どこからどう見ても小学生にしか見えない男の子が立っていた。が、言葉遣いや雰囲気はあの暗いモヤと似ている。と、骸骨が止まる。腰に下がっている、ボロボロの鞘から汚く曇った刀を抜いた。それを見た彼の顔は露骨に不愉快さを露わにする。 「汚ねえ刀だ……俺を見てみろ」 「あ……」  彼の手にはいつの間にか太刀が握られていた。ヒビだらけだが、複雑かつ緻密な美しい装飾の鞘から抜き放たれた刀は、中央から真っ二つに折れている。それに手をかざすと赤い光が刀身を形どり、それを軽く肩に置く。  その様にミナは思わず見入ってしまった。彼はその刀を一閃、一言呟いた。 「斬空」  その途端、目の前の骸骨の首が吹き飛ぶと同時に炎上した。斬撃を飛ばしたのだ。そんなアニメのような展開を誰が予想できたか。  周りの人は、突然上がった火の手に驚いて逃げ出していく。神主さんも驚いて石段を駆け下りてしまった。男の子は大声でこう言った。 「土地神さん、ごめん! 暴れさせてもらうぜ!」  すると、社の襖が開いた。中からは女の人が出てきた。 「仕方ありませんね……私にこの怪物を止める力があれば良いのですが」  男の子は親指を立てると、刀を何度か振り回す。その度にリング状の斬撃が飛んでいき、モヤを吹き飛ばし、燃やし尽くす。骸骨が数十体現れてもその傍から叩き切られている。  何となくFPSにある悪質なリスキルを思い浮かべたミナだった。この際そんなこと言っている場合ではないのだが。 「――終いだぁ。ん? ……お前、もしかして俺を見てる? 俺が見えるのか?」 「もちろん、見えるけど……」  最後に一発食らわせるとモヤが消し飛んだ。彼はようやく、こちらを見ているミナに気がついた様だ。ミナの「何言ってんだこいつ」というニュアンスを多く含んだ返答に対し、男の子は嬉しそうな顔をした。その顔はまさに小学生。 「人間だろ? 嬉しいなぁ、俺を見てくれた人間は百年ぶりだ! よく俺を見つけたね」 「ひゃ、百……」 「あー……あれを見ちまったあとだから俺の話が読み込めてる感じだね。あのモヤと骸骨、見えてたんだろ?」 「それも見えてたけど」  その返答を聞くと、ゆっくりといま起きた事を解説してくれた。 「まあ、俺達は最近で言う『霊感の強い』人だと見れるなあ。あれは昔のイクサで死んだ武士の怨念だ。鎧の形からして安土桃山以降の奴ら……仲間を増やそうとしてたんだな。モヤの奥にはお前みたいな服着た奴もいたし。でもあんなん、だよ。歴史から抹消された俺の前ではね」  社の前に立っている女の人が驚いた様な声を上げる。 「まさか、貴方は……その『斬撃』は……妖刀俵絶の系譜……どの子から奪い取ったのですか!!」 「どの子? 姉貴達を知ってんのか……めんどっちいなあ、俺は歴史から消されたって言ったろ? 俺は『五代目俵絶』だ。四代目までしかないって話だが、本当は俺を含めて【六】振り存在するのさ」  いきなりの超展開についていけないミナだが、目の前の彼は確かに自分を守ってくれた。いまはそれだけで充分だ。深く頭を下げると、逃げるように家に帰った。  それを二人の人ならざるものは、不思議そうに見ていた。
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