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覚醒、再起動せり
気を失っている猛仙は、直前に心が折れて発狂したというのに、何か夢を見ているようだ。皮肉なことに、本人は数百年ぶりに姉と触れ合っていることを感知していない。はたから見ると身長差が大きすぎて親子にしか見えない。
それを見る姉たちの顔も、暗く沈んでいる。と、ヘキサボルグが槍を展開すると猛仙に素早く向け、電流を流した。
「!?」
「ちょっとヘキサボルグ、何をしている!?」
「起こしたんだよ。こいつは発狂したが、完全に壊れる前に脳がオートで自分の身体機能を停止させて無理やり記憶喪失にした……例えるなら『レポート書かずに電源を切った』。こいつ、本当に思い出ってやつに執着がないんだ」
電流を当てるまでの一連の動きを、躱せる状態なのに万樹はよけようともせずに傍観していたことに不信感を感じながら、ミナは刀を抜きかかっている黒百合に話しかける。
「あの、黒百合さん。モウセンは本当に記憶に執着がないと思いますか?」
「……昔の猛仙ちゃんはもっと優しかった。まずは対話を望む子だった」
「私たちの受けていた稽古をつけてもらえなかったからだけど、闘い方が武士道のそれじゃなくて徹底的に『殺す』ための動き……怖いくらいに洗練されてる。この強さだと間違いなくお父様は殺されてしまう」
少なくとも、万樹達よりは強い父を確実に殺せてしまう。そんな思いが顔に出てしまった。が、ミナの思っていることはだいぶズレているようでプロトカリバーが万樹に突っ込む。
「彼女らの父親は実は弱いんですよ。能力が覚醒する前からそんなことをする程度の強さなら底が知れている。なんなら私たちでも殺せそうですね」
「お父様をこれ以上貶めないで頂戴。ここで斬るわよ」
流石に怒るだろう。なぜ自ら地雷を踏みぬきに行ったんだろうか。
突然猛仙が動き出した。抱いている万樹の腕を振りほどき、プロトカリバーの胸ぐらをつかむと投げ飛ばした。と思えば、黒百合に強烈な蹴りを食らわせ、弾き飛ばしてしまう。
「猛仙!?」
やはり、発狂したままだ。体がトラウマを覚えてしまっているのでいくら記憶を消しても全くの無意味だったのだ。漏れ出したエネルギーで烈風が起きる。五行の力の一つで間違いないが、ミナはなすすべなく吹き飛ばされてしまう。
「なんだ、なんだ……俺が背負わないと……」
エネルギーが消え、息を切らした猛仙が立ち上がった。服についた汚れを払うとプロトカリバーを引っ張って起こし、その後、急いで黒百合を起こしに行った。他の姉と違い、生きるための能力を貸してくれた彼女のことは唯一信用しているらしく、「ごめんね」と謝る声が聞こえた。黒百合は猛仙の頬に触れると彼の顔の傷が薄れた。治癒能力を持っていたのだろう。
彼はどっちに行くのだろうか。消えた武器側なのか、姉たちと帰るのか。どちらを選んでもつらい選択だろう……。
「みんな、戻ろう」
「姉たちの方がいいんじゃないのか?」
「俺は姉ちゃんのことは好きだよ。でもそれはそれ、目的に変わりは無いし邪魔するなら先に消す」
「消す」の言葉の瞬間に目の光が薄れるのをしっかりと見た。すると、猛仙がこちらを見た。手を伸ばすとこういった。
「帰ろう」
「あんたがそれでいいなら」
頷くと、姉の方を向いた。
「そういうことだから、邪魔すんなよ」
「……そうもいかないわよ。考えが変わらないなら、場合によってはあなたを凍結する」
足が止まる。気持ち悪い感覚と共に、水と金、雷を起動した猛仙が万樹をまっすぐ見た。ヘキサボルグは何か察したようで後ろに移動した。プロトカリバーは生身の人間であるミナを抱えると後ろに飛ぶ。
「俺は斥力を返したけど五行の体がある、常に弱点を突けるのを忘れるなよ」
そう述べると左手から水をぶっかけ、アクロバティックな動きで風、雷と浴びせかけて凍結と漏電を起こす。万樹はまさか自分の一言でここまで本気で敵視されると思っていなかったようで呆然としている。
無理もないが、親を本気で始末しようとしている子に実質的な『殺す』なんて脅しをかけるなんて何を考えているのか、ということではあるのだが。
彼女は追おうとするも、凍った芝生に足を取られて膝をついてしまう。猛仙はと言うと、ヘキサボルグに首根っこをむんずと捕まれ、工場に向かって撤退する。
「お前やっていい事とダメな事の区別くらい付けろよ」
「……」
彼自身、何も無かったのにただの一言でいきなり敵意を向けた猛仙の行動に驚いたようだ。
「やっぱ人間向いてねえよ」
「私達は人間じゃないでしょうが」
工場に戻る途中、ぽつりと呟いた一言が、彼ら姉弟の全てを物語ったような気がした。
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