尾ひれに『漬』かる

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尾ひれに『漬』かる

「猛仙、タケル様から聞いたぞ。お前姉貴と喧嘩したんだってな。あいつらは弟との接し方が分からないだけだから許してやれよ?」 「本題はいれよ」  すこし光が漏れているので、懐中電灯のようなものを持っているのだろうか? その疑問は猛仙に否定された。光は先程しまわれたキーケースに見えるものから発されているようだ。 「あいつは天叢雲剣。いつもサボってばかりだ」 「突き出されてえのか」 「いいから本題」  罵倒から入る紹介に対し、威圧的な態度で応じる天叢雲剣。光はその刀身からだった。日本だけじゃなく、外国でもその名前を聞いたことない人は居ないのではないだろうか。ミナは興奮を抑えられずに口を手で押さえる。 「疑似都市伝説って知ってるか?」 「さっきの奴かな? 白服の奴に彼女の友達が襲われたよ、撃退したけど」  彼は首をかしげる。 「違う、そいつはたぶん別の奴だろう。お前、ちょっと前に流れた『口裂け女』って知ってるか?」 「えー……ああ、あれか。これでもぉの人か」 「なんでそんな端的なのよ……」  あまりにも適当すぎる認識にため息をついたミナだが、この噂に関しても知らない人は居ないだろう。79年に岐阜県周辺を発祥とし、『近くを通る人に「私、綺麗?」と質問し、「きれいです」と答えると「これでも?」と言いながらマスクを外し、裂けた口を見せる』という都市伝説だ。なので猛仙の認識もある程度正しい。他の地域でも似た話は聞かれるが、共通してこの特徴を持っている。 「まあそれだ。ただの噂だったんだが……つい一月前から現れたって聞いてな。人じゃないから俺たちが捕まえないといけないんだが、噂とだいぶズレてるんだよ。例えば、持っている武器。メスや鎌って話だが、そいつは大剣を持っているそうだ。他にも複数人で襲ってくるとも言う。全員マスクつけてて、口は裂けてるらしいな」 「本筋のお話と違うから『疑似』ってことね」 「その通り。真似事ならぁ自浄作用で勝手に居なくなるから俺が出るまでもないんだが……裏にいくつかの神器と、お前の親父が絡んでるっていう噂が上がってる。裏でこっそり手、貸してくれや」  猛仙の目つきが変わる。ピンク色の目が細くなると、先程とは打って変わって慎重に口を開いた。父親が絡んでいると言うのに驚くほどさばさばしている。 「いやだね。対価は? 動かすんなら相応に何かいるんじゃないのか? 俺はお前らと同じじゃない、無償奉仕する義務がないし、まず頼む相手を間違ってんじゃないの」 「いいや、お前で合ってる。それに対価を用意せずに相手と交渉なんかしねえよ。いちいち考えが浅いんだよチ〜ビ」  先程の舐めた紹介のお返しとばかりに煽り返しながら何かひらひらした物を投げ渡す。猛仙がキャッチすると、少し驚いた表情をする。  それは、継ぎ接ぎだらけの服の切れ端だった。だが、彼にはそれが何か分かっているみたいだ。 「それ、なに?」 「おね達の服だよ。おくるみの切れ端だけど持ってると落ち着くんだ。出てった時には持ってかなかったけど、回収してたんだ」 「あと、これな」  今度はスーパーのレジ袋を渡してくる。中には大量のお菓子といくつかのゲームが入っていた。多分これは、彼なりに気遣ってくれているのだ。お金も持たずひたすら戦い続けた為、遊ぶ道具もお菓子のような既製品も食べた事がないから。いや、まともに食事すら―― 「……もう充分だよ、ここまでされたらやらない訳には行かないね。協力するよ」 「と違って擦り切れてなくてよかった。やっぱお前に頼んで正解だ。なら、お前はその女の子と一緒に居ろ。襲撃されるのは決まって霊感のある女だ」 「それって、私の事ですか?」  彼はうなづくと、一言だけ残して帰ってしまった。 「その通り。怪異ってのは見えるヤツをつけ狙う」 「ああは言ってるけど大丈夫だよ」  猛仙は用事があるとか言ってどこかへ行ってしまった。ミナが荷物の袋を持ち、家に入るのを確認するとプロトカリバーも塀を曲がり、見えなくなった。  久しぶりの1人だ。こんなに部屋は静かだったのかと、突然心細くなってしまう。ご飯を食べ、風呂に入ると、少し落ち着いた。  ――――ぴたん  水の音に混じっていたが、が近づいてきている。  母のものでは無い、もう少し音が重いからだ。当然猛仙のものでも、プロトカリバーのものでもない。彼はぺたぺたうるさいし、彼女の場合は音がしない。 「……」  風呂場の鍵を閉め、顔を伏せて湯船に隠れた。  脱衣所のドアが開かれる音がした。ぴたんぴたんと気持ち悪い音はすぐそこまで来ている。  猛仙たちの気配も恐怖で麻痺した今のミナには感じられず、絶望的な状態に陥っているのを自覚する。  まずい。まずい。動かないと、女の子のように。千誉の様に……  ドスドスと、階段を駆け下りる足音が聞こえた。真っ直ぐこちらに向かってくるようだ、どんどん足音が大きくなる。玄関の方からもベチベチと裸足のダッシュだとすぐにわかる音も聞こえる。  ぴたり、影が風呂場の向こうに見えた。ドアレバーに手を掛けたが、鍵が掛かっているのであかない。 「ア ケ ロ」  くぐもった声が放たれるが、次の瞬間脱衣所が大音量で開け放たれた。プロトカリバーと猛仙の声がする。 「ミナ!」 「なんだお前!? ……さっきのもお前か!」  影はまた、揺らめく陽炎のように消えてしまった。奇怪な一言を残して。 「マタクル」
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