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捜索
工場。どうせ戻っているはずであると踏んだミナは、ミヅハに気を取られている男達を置いて大学を出、最寄り駅まで戻った。
廃工場の方向がなにやら騒がしい。警察が工場の周りを取り囲んでおり、特殊部隊まで待機しているようだ。彼らがなにかやってしまったのだろうか? 斬殺事件の犯人は別にいるといっていたが、あれは嘘で本当は猛仙が妖刀の殺戮欲に呑まれてやったことなのではないか?
現場に近寄ろうとすると、静止線に立っていた警官が止めてくる。
「ちょっと君! 下がりなさい!」
「何があったんですか? 近所なんでうるさいの困るんですけど」
「いいから下がって!」
『――立てこもり事件――犯人は武装している模様――――』
近くに停まっているパトカーから無線音声が流れてきた。武器を持った犯人というのは彼らしか思い浮かばない。何をしているんだ、というかなぜこの人達にも見えているのか。ミナは溢れ出る疑問と嫌な予感を押し込みながら一旦後ろに下がった。
一度家に帰ってから続報を待とうか。それともこのまま待つか。と、周りの人がざわつき始めた。顔を上げると、工場の二階の窓から怪しい光が見える。その光はだんだん大きくなると、二階の窓が突然割れ、直後銃声が起こる。やじ馬たちは耳を押さえ、目をそらした。あるものは走って逃げだした。停止線にいた警官がやじ馬を押し返す。
「離れて! 離れなさい!」
「アレ、何!?」
女性の怯えたような声がする。やじ馬たちが一斉に女性を見た後、目線の先を見た。ミナも思わずやじ馬に混じって見上げると、街方向から何かが高速で工場に入っていった。入口の鉄の扉をぶち破り、その『何か』は上階へと消えた。尋常ならざる事態に人々は言葉を失い、黙り込む。
「アジトに侵入されたみたいね」
「ひょわ!?」
いつからいたのか、横にナギリオウマがいた。こうなることを予想していたような平常運転の顔だが、何か知っているのだろうか。ロングヘアを手で梳りながら自分の額を軽くつつく。
「いや~まさか見つかるとはねぇ。まあ相手も間抜けじゃなかった、ってことだね。私たちに気づけばこっちに来ると思うけど人がたくさん死ぬ、それは嫌よねぇ」
「今のは」
「さあ? 意志を持ち、高速で突入した何か、としか」
そういえばやっていた。せっかく彼が適当な返答でお茶を濁していたのにそれを無駄にしてしまった。本人は全く悪びれる様子もこわがる素振りも見せず、あろうことか人が死ぬということについてもとんと無頓着ななめ切った態度にさすがにイライラする。と、突然こちらに顔を向けるとひとつの提案をしてきた。
「猛仙たちの居場所が知りたいんでしょ? 教えてあげるよ 」
「本当!?」
ええ。と頷いたナギリオウマだが、次の瞬間突然顔を掴まれた。顔をずいっと近づけられてまごつくミナ。耳元に顔を近づけると、彼女はこういった。
「きれいな顔。きれいな魂。猛仙のところへ行く通行手形はそれらすべてよ。私に頂戴、そうしたら連れて行ってあげるわ」
「……どういうこと?」
「そのまんまの意味よ。あなたの全部が欲しいの。あの子たちは今、生者の入れない場所にいる。私の物欲よりも、前提として場所の制約が強いのよ。帰ってこれなくなるけど……」
手がミナの胸に伸びるが、その手はナギリオウマの後ろからぬっと伸びてきたもう一人の手が防いだ。
「やめろ、オウマ」
ヘキサボルグがナギリオウマの腕をつかんでいた。胸から手を引きはがすがナギリオウマ自体の力も相応に強いらしく、振りほどかれる。苦々しい顔でヘキサボルグに眼をつけるが、ミナの後ろからひょっこりと猛仙も顔を出した。
「あんたらなんで帰ってきてるのよ。まだ先でしょ」
「変態の空気を感じたからな」
どうやらナギリオウマより二人のほうが数枚上手らしい。それを聞いた彼女はもともと悪い機嫌がさらに悪くなり、二人にわざとぶつかりながらその場を後にした。二人とも「おもんね」とため息をつく。
「オウマは俺より性格を何とかしたほうがいいよな……顔が良くても悪女なのは誰も好きなってくんないよ」
「まったくだ。ちなみにお前の姉貴たちはどうなんだ」
「だいたい善良だよ。一人怪しいおねはいたけど」
「……猛仙、その顔はどうしたの」
『おね』とはお姉ちゃんの略だろう。そう思いふと顔を見ると、首周りに深い切り傷が付いている。これを軽く触ると、猛仙はにやりと笑う。ヘキサボルグは彼の代わりに「ただの切り傷」だと弁解しているが、だとしても深すぎないだろうか。
「大丈夫だよ、何もない。こいつが言ってる通りただの切り傷よ」
「……本当に?」
ああ、と大きく頷く彼だったが、ふらついてヘキサボルグに手をつく。ヘキサボルグは何も言わず、猛仙を背負うとミナについてくよう促す。やはり深手を負っていたんじゃないか!
二人は全く知らないようだから今見たことを説明する。するとナギリオウマとは違い二人は顔を見合わせると、いくつかの『噂』を話し出した。
「自衛隊が秘密裏に兵器を開発している、という噂が流れている」
「アメノカクヤっていう神器を知ってか知らずかすでに保有している奴らがそれを何に転用していてもおかしくない」
「ということはさっき入っていったのは兵器?」
いや、と猛仙は背中で首を振る。
「見てないからわかんない。でも、人間が目視できない速度かつ精密な動きで工場の立てこもり犯を制圧したってことは、まず人じゃないよね」
「その兵器、ってやつか敵の増援だろうな」
家にようやくつくと、ヘキサボルグは不自然そうな顔をする。
「どうしたの?」
「ああ、いや。……ミナは何人家族だ?」
「三人だけど」
――――猛仙、行け
ヘキサボルグが低い声で声をかけると、猛仙も首をひねりながら「おう」と言いドアをすり抜けて家の中へ入っていった。
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