『妖刀』①

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『妖刀』①

 ミナは息を切らしながら家に入り、乱暴に扉を閉めると鍵をしっかりと掛けた。「ただいま」もそこそこに部屋に駆け込むと、やはり鍵をかけながら布団に飛び乗る。 「なーにをそんなアセアセしてんのさー」  いつの間にか、先程の男の子が勉強机に腰掛けてこちらを見ていた。よく見ると目が薄桃色である事に気がついた。服装はズタズタに擦り切れた袴に、上半身は鎧に近いものを装備している。が、鎧はところどころ残っているだけで辛うじて元々付けていた、とわかる程度だ。 「なんで!? いるの!?」 「えー? ……なんとなく? いてえ!」  ゲンコツが彼の頭をポカリ! と打ち据える。頭を抑えると、非常に不服そうな顔をする。 「何すんだよ」 「不法侵入! わかる!? 不法侵入だよ!!」 「んな事言っても俺にそんな法律が適用できると思ってんのか? 俺は刀の化身、言うなれば動く文化財だぞ」 「文化財なら動かないで! 博物館に行ってなさい!」  だから歴史に居ないからタダの鉄くず扱いだよ、と彼はおもむろに刀を取り出す。相変わらず美しいデザインだ。ミナはその鞘に描かれるものを当てようとした。稲穂と蛙、蛇のような模様を見つけた。 「鞘のあれが気になるの? 先から出てるのは稲穂だな、んで、周りの点々はスズメって言ってたかな。鍔の手前にあるヒモはそれを狙うヘビで、周りはカエル、ナメクジで三すくみになってる。つまるところ、水田の生態系だな」 「ロマンのないことを……」  しかし、とても美しい鞘だ。すると、彼は刀をどこかに消してしまった。苦々しい顔をしている。 「基本的にこの刀は使わない。お前助けた時にはつい使っちまったけど、素手で充分だから」 「そうなの。ぇと、なんでここに来たの?」  何となく、とさっきの言葉をもう一度述べると彼は続けた。 「今日からしばらくは気をつけなよ。1度怪異やこの世ならざるものを見たら、そいつらとお前に縁ができてしまう。何回も怖い思いする事になるぜ。対策はねぇから、常に考えるんだ。見えてるものは真実なのか。危険な所に行かないのはもちろんだ、ダメって言うのには相応の理由がある。視野を広く持てば連れていかれることは、無い」  言葉の端々に、高い知性を感じさせる。間違いなくミナよりも経験を多く積んできたものだ。何歳なんだろう。 「あの、名前が聞きたいんだけど」 「名前? 妖刀俵絶の……猛仙。猛る仙人って書いてモウセンだ。」 「モウセン? ……その、家族はどんな名前なの?」 「俺達は六人姉弟でさ、全員が植物にちなんだ名前なのさ。上から、マンジュ。シャクヤ、クロユリ、シラユリ、ミヅハ。と、俺」  マンジュはマンジュシャゲと言う彼岸花の別名、シャクヤは芍薬。クロユリは高山植物でシラユリもユリ科の野草だ。ミヅハは三つ葉か、水芭蕉かどっちだろうか。  モウセン? そんな植物あったっけ……。 「モウセンって……」 「分かるかな〜どうかな〜」  どこから入ってきたのか、大きめのハエが部屋を飛んでいた。モウセンが机にガラ悪く腰掛けながら指をハエに指すと、ハエに一瞬電流が走った瞬間ドロドロに溶け始めた。ハエだった液体が発火すると、跡形もなく消えてしまった。あ、分かった。 「モウセンゴケ!」 「大当たり」  今起きた光景に目を疑いながら由来を当てると、モウセンは嬉しそうな顔をする。人外と分かるが年相応な表情も見せて、とてもかわいらしい。 「今何歳?」  気になる質問その2だ。彼はうーんと頭を抱えると、残念そうに答えた。 「俺は年齢を覚えてねえんだよ、ミヅハと5歳違いでマンジュと16歳違うことは知ってんだけど……多分正確な年齢は誰も知らんよ、みんな長く生きすぎて年齢の感覚がガバガバだから」  相当俗世……というか、この時代に染まっているようで「ガバガバ」と言う最新の言葉を使う。もしかしたらガンギマリとか使い出すのではないかと考える。 「でもさモウセン、それでもまだ小さいのに家族はどうして近くにいないの?」 「え、あー……」  突然黙り込むと、手を前に出して「まった」と言う。 「その話はなしだ!」  何かあるんだね、顔からして嫌なことが……今は違うが、むかしは自分も反抗期があった。いつか気が向いたら話してくれるだろう。  ……なんで一緒にいる流れになっているのだろうか。  モウセンが窓の外をじっと見ている。薄桃色の目が細くなると眉間にシワがよる。目つきが悪いなんてレベルじゃない。憎悪に満ちた顔だ。 「じゃあ、俺は帰るから。さっきの忠告は守りなよ」 『憎悪』を放ちながらまたね、と言う。その場に動けないミナをよそに、部屋の扉の鍵を空けると出て、扉を閉める。まずい、下には親がいる。ミナは慌てて扉を開けたが、彼はいなかった。階段を降りる足音すらせず、あっけにとられてしまった。
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