『妖刀』②

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『妖刀』②

 ミナは親の居る方向に行ってしまった猛仙を追い掛けようとしたが、部屋の外には誰も居ないという、傍から見れば摩訶不思議な光景を目にしていた。  さっきの憎悪は何だったのだろうか。あの歳……とは言っても数百年単位の話だろうが、見た目にして小学校低学年かそれ以下にしか見えない子のする顔では無い。正直、彼とは二度と会いたくないとまで感じさせる眼光であった。 「モウセン……何か嫌な感じがする」  ミナはそう独り言を言うが、さっき彼から聞いた言葉を思い出す。そして、その顔をしていた時に小さくこうも言っていた。 「またか」  ――――1度この世ならざる者を見たのなら、そいつらとお前に『縁』が出来る――  しかし、それでも、どんなに嫌な顔をしていたとしても、自分を助けてくれた。命の恩人が何かやらかして捕まりでもしたら、後味が悪いことこの上ない。  ミナは窓辺に駆け寄ると、猛仙が見ていた方をじっと見つめる。そちら側は住宅街となっているが、街の中ではそこそこ目立つ公園がある。何となく猛仙の見た目から連想し、公園に向かう。 「ちょっとミナ、どうしたのよバタバタと!」 「用事があるの! 行ってきます!」  リビングから母親の声が追いかけてくるが、それを置き去りにするように外に飛び出す。ここだけの話、ミナは高校時代陸上部に所属しており、短距離を専門としていた。なので脚力には自信がある。猛仙を追いかけれるはずだ。 「しつこいな、。やっぱお前らプライドモンキーの差し金だろ」 「我々は貴様を殺せと命令を受けてきた。依頼者のことも話すことは無い」  そんなやり取りが奥の路地から聞こえてくる。片方は知らないが、この声は猛仙だ。 「そうかい。じゃ、死ね」 「モウセン!」  路地に入ると小さな背中に声をかける。彼は振り向こうともせず、その場から消滅した。  そして、その奥には数人の仮面を被った人達がいる。そのうちの一人が言う。 「この女、見てるぞ」 「我々を見ている」 「ようやく任務を達成できそうだ」  口々に『見ている』と連呼すると、数人いる連中の一人が指を向ける。すると、ミナは指一本動かせなくなった。 「な……なに……これ……」 「回収完了だ。あとは奴を始末すれば終わ」  ざりっ。  言葉を言い終わる事も出来ずに1人の首が地面に落ちた。瞬間、もう1人の体が凄まじい力で吹っ飛び、電柱に衝突する。体が弾け飛び、大量の血液がアスファルトと電柱、外壁にかかる。金縛りが解けた。  その光景と血の匂いにミナは瞬時に目を背けるが、吐き気が込み上げてきた。近くの側溝にぶちまけてしまう。 「ねーくすと……」  早くも撤退しようとしている残党を見ている猛仙の左手には雷、右手に炎がチラつき、爆ぜている。  ミナは涙目になりながら彼に飛びつく。猛仙の体は、服の上からでもわかるほど傷でボコボコになっており、かなりショックを受けたがとにかく抱き締める。 「もうやめて! ……もう、やめて」  猛仙の両手から雷と炎が消えた。が、空中に飛び上がっている奴らに異変が起きた。見えている腕がどんどん細く、弱くなっているのだ。 「お前、なんで……何してんだよ、あと少しだったのに」 「あと少しって……人だよ、人を殺してるんだよ!?」 「たわけぇ、よく見ろ」  死体が消えている。飛び散った血もいつの間にか無くなり、いつもの路地がそこにはあった。上を見ると、干からびた残党が路地にボトボトと落ちてきた。ひっと息を呑むと、猛仙は言った。 「これが俵絶の呪いだ。俺は、俺を粗末にする者を許さない。ぞんざいに扱う者を認めない」  そして、ミナの方を向くとさらに話を続ける。武器だいすきのミナは、聞き入ってしまう。 「ひとつは名刀としての側面。俺は折れてるからアレなんだけど、丁寧に扱えば俵を何個重ねても撫でるように斬れる程の斬れ味を持つんだ。これが、俵を『断』つ力。でも粗末にすると、こうなる。生命力、つまりは栄養を全て奪う。本人は飯が食えない体になるし、大体ミイラ化して即死する……文字通り俵、食料を『絶』つんだ」  そう言いながら砂のように消えていくミイラを指さす。ミナは意地でも見ないようにしながら話を聞く。 見るものは猛仙の顔しか選択肢が無いので、恐怖を抑えながら見る。  驚くことに、少し笑っている。先程の強い憎悪は全く感じられない。こう見ると、かなり優しい顔をしていると思う。 「姉貴たちは、この呪いを持ってない。みんな丁寧に扱われて、最終的には神様にして貰ったからな」 「……なんでモウセンはそうなってないの?」 「そう、ここで俺が家族の事をあまり話さない理由が見えてくるんじゃねえか? ひとまず場所、移そうか」  何となく今までの話の流れと彼らの特性から察しはついているが、適当な店に入ろうと言う猛仙の言葉に押されるように市街地に出、赤地に黄色のマークのファストフード店に入る。店員さんが、「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」と声を掛けてくる。 「モウセン、食べたいものある?」 「え? あ、いやー……じゃあ、あれ」  と言って指さすのは、『最強のメガサイズバーガー!』とデカデカと描かれたポスターだ。これを頼むのは、屈強なメンズばかりなのを知っているミナなのだが、隣で嬉しそうにしている猛仙を見ると後には引けない。恥ずかしさを抑えながら注文する。 「スーパーキングバーガーひとつ」 「え、あ……はい! スーパーキングバーガーをおひとつですね! 980円になります!」  店員さんに困惑とドン引きをされ、恥ずかしさで消え入りそうになりながら俯きがちに待つ。周りの人はヒソヒソと話しており、ひどい空気だ。 「なんだコイツら、面と向かって話せねえのか? コミュ障ってやつか? あたまわるそ」 「……さい」 「ん?」 「うるさい」  ドスの効いた声で一言。それを見た猛仙は「あちゃー」と言う顔になると、小さく謝る。 「なんか、ごめんね?」 「いいよべつに」  ちゃんと謝れる子は大好きだ。そんなわけで渡されたお盆は、本当にハンバーガーを乗せているのかと言う程の重量であり、それをもぎゅもぎゅと口に押し込む猛仙は、さながら深海魚だ。 「それで、さっきの続きなんだけど。俺はよく分からないけど親に散々いじめられた。ある時……我慢の限界になって、俺は家出したんだ。……出ていく時に、父の不倫相手だったお手伝いさんをぶち殺してちゃぶ台に吊るしてからな」  理由もわからず虐待されていた彼も、彼なりに仕返しをしたわけだ。かなりエグいが。ちなみにそれを話している猛仙は、すごく嫌そうな顔をしている。 「お袋は知らねえと思うな、多分俺の事を『お手伝いさんを殺した奴』くらいの認識じゃねえかな? でも親父の方は相当キレたようでな、さっきの奴らみてえな刺客を昼夜問わず山のように送り込んでくるのさ」 「酷いね……どっちもどっちに見えるけど」 「違うね、そいつはどう考えても向こうが悪い。そうだろ、猛仙?」  ふたりのいるテーブルの前に、店の制服を着た男が立っている。いま、『猛仙』と呼んだ。彼が見えている。普通の人には見えない妖刀の化身が。猛仙の方はと言うと、非常に驚いた顔だ。 「『ヘキサボルグ』お前何してんだ?」
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