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異端なる者
「ヘキサボルグ、何してんだ? 」
「見ての通りバイトだよ。お前の背格好じゃ誰も雇ってくれねえだろ」
そう言って胸の名札を親指で示す『ヘキサボルグ』と言う男。名札には『ムツマタ』と書いてある。
「ムツマタ……さん? ですか?」
「偽名な。俺は今紹介された様にヘキサボルグ、六又の槍だからな」
「でも、コイツは正確には槍じゃねーぞ。変形すると槍に見えるだけで、先端が四つの形態に可変するなんて武器はおまえら人間の文化体系では製造できない」
傍から見ると食べ物の追加に見えるらしく、周りは何も言わない。それに、猛仙のその説明はよく分からない。その旨を伝えると、ヘキサボルグは親切に教え直してくれた。
「そらーな。俺は古代兵器……オーパーツ……まあ、おまえらとは違う文明で作られた物だ。お前らの文化や技術だと強度や実用性の面で全く非効率だ、だから造れねぇ。おい、お前バーガー速攻で食っとけ、消える魔球みたいになってんぞ。国の名前は、そうだな。俺以外発音できんな」
「言うなよ? 何かあっても困る」
猛仙いわく、その言葉を聞くと何か良くない事が起きるらしい。なんで国の名前が呪詛なのか、非常に深い謎が残る。
「あなたも歴史に存在しないの?」
「そうだ。文明がそもそも違うから当たり前だけどな」
「そう言えば名前聞いてなかった。俺を知ってるのに俺が知らないのは不平等だよ」
「不平等て何言ってんのよアンタ。私は愛沢ミナって言うのよ」
小学生並みの理論にぶっ飛びながら、ミナは自己紹介をする。猛仙は大きく頷くと、半分以上残っているバーガーを一吞みにする。席を立つと、ヘキサボルグの袖を引っ張り奥に連れていくと、何やらヒソヒソ話している。
「……大丈夫だろ、何か出来るとも思えねーよ」
「俺は良いが……今は『ナギリオウマ』が帰ってきてる。あのメンヘラキチキチ女とは会わせない方が……」
「え? 両方いけんの?」
「え? おお、うん。言ってた」
「初耳」
「え?」
「え?」
程なくして席に戻ってきた二人は、残念そうな顔をしてミナを見る。
「なによ」
「あー、厳正な協議の結果、君は俺らの隠れ家に案内しない方がお互いのためだと言う判断をしました。なので猛仙が君をしばらく護ります」
「入りたいなんて言ってないけど? それに私を何から守るって言うのよ」
突然の言葉に驚きながらも、言葉を返す。それに対しヘキサボルグが即答した。
「俺達は『歴史から消えた武器』。でも、この世界には当然『歴史に名を残した武器』もある。草薙剣や猛仙の姉達の事だよ。俺達はそいつらに恨みを持たれたり排除の対象にされてるんだ。俺らと接触したってことは、君も狙われる可能性が高い。それに昔ながらの怪異や現代怪談も縁がある以上連れに来ようとするはずだ。脅威はクソ多いんだ、人じゃ自衛しきれんレベルでな」
「そんな……! なんでそんな事に」
実際、俺らよりえげつない手平気で使うし危険性高だよね、と猛仙も言う。全くいい迷惑だ。しかし、現に自分は骨の群れに襲われ、猛仙の追っ手たちには意味深な言葉を告げられている。
――――目眩がしてきた。
「理解の限度を超えちまったな」
「何にせよ中立かつ『見える』ミナは俺らにとって大切だからなあ。それに、ぞんざいな扱いをしなさそうだ」
「本当におめえはチョロいな」
ヘキサボルグが立ち上がると、店員らしく軽くお辞儀してキッチンに戻る。猛仙もハンバーガーの包み紙を捨てに行った。
「ねえ、ちょっとモウセン。今の言葉を説明しなさいよ」
「なんで? 言葉のまんまだよ。前にも言ったろ、見える人はあまり居ないって」
そう言うと、ミナの家の近くまで一緒に帰ってきた。横に頭がなくなったので振り向くと、猛仙は家の前の十字路で佇んでいる。
どうしたの、と聞こうとした。でも、その言葉は呑み込んだ。彼には帰る家がない。今までずっと、追われてきた。ひとり孤独に戦い続けてきた。薄桃色の目はこちらをじっと見つめるだけで、言葉を発さないが、こう言っているような気がした。
【ミナは帰る場所があって、不自由のない生活が送れる。感謝するんだ】
「何ボケっとしてんだー、早く家入りなよー」
猛仙が腰に手を当ててそう言った。ミナの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。猛仙には、こんな優しい子が手を汚すほど追い込んだ家庭に怒りがわいた。これ以上彼が苦しむことは起きて欲しくないと強く思った。だから、ミナも叫ぶ。
「……っ、あんたこそ何でぼーっとしてんのよ! 早くうちに入るよ!」
「は? …………俺はいつでも見てるから大丈夫だよ」
「なんでもいいから、おいで」
猛仙の所に走って戻ると、さっと手を掴むと引っ張り、家の門を開ける。力を入れて抵抗しているが、グイグイ引きずられる。やっと諦めたようで、手を繋いだまま並んで歩き出す。「変な目にあっても知らねーぞ」と脅してくるが別に気にしない。弟ができた気分だ。
ドアを開けて入る時、ちらりと後ろを向いた猛仙は、夕日に映り込む影法師を見ると『本来の性格』が良く出ている、安らかな笑みを浮かべていた。
――伸びる影、仲良く手を繋ぐ姉弟の記憶。怒りと恨みに塗り潰された、はるか昔の話なのだ――
「五代目よ、やっぱお前は優しいんだよ。父母は許さないでも良いだろうけど、姉達だけは許してやって欲しい……でも、連れていかねぇと」
金色に輝く剣――× × × を担いだ男は、ミナの家から遠く離れたビルの屋上で風に吹かれていた。
「お前はそんなことしない、俺は信じてるぞ」
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