朽ちた亡国の王

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朽ちた亡国の王

「なあ、ヘキサボルグ……お前は俺のことはよく聞く癖に自分のことは言わないよな。さっきあいつが言ってた「王様」ってなんだ?」  また電気が消え、夜の闇で真っ暗になった工場の廊下を歩きながら猛仙はヘキサボルグに問う。彼の方は「お前と似たもんだ」というと訥々と自分の身の上と正体を話し始めた。  その時、ミナは工場の前に到着していた。 「俺は最初にお前と会った時も言ったが、古代兵器なんだよ。でもな、ただの古代兵器が人間の体なんか得られるわけがない。、猛仙。ただの妖刀が体はもらえんよな? 純粋な武器なのはオーマだけだ。他は皆『ベース』となった何かがいる。お前はわかってるだろうが、俺の場合はもともと俺を使っていた主……我が国の王だった、というだけだよ」 「……なるほどなあ……でもお前が人間をベースにしたなら、それはなんで経年劣化していない?」  猛仙の武器らしい質問に、ヘキサボルグは顔をしかめながら答えを返す。 「『年を重ねる』と言え。失礼だぞ。俺の能力は単にあらゆるものを吸収して無力化するわけじゃない……それもお前自身に置き換えればわかりやすく説明できるな。まず、お前は『斥力と引力』っていう持ち主固有の能力にプラスして妖刀俵絶に共通していた『不食(くわせず)の呪い』を持ってる。俺もベースが持っている能力に加え、ヘキサボルグが持つ『主に対する死以外のすべてを跳ね除ける』能力がある。これは時間すら跳ね除ける。だから死んだ瞬間から時間軸を外れ、俺の操り人形になっちまったわけだ……ある意味ゾンビともいえるな」 「そりゃ……また散々な状態だな。俺がマシに見えてくる」  同時に二人の顔が廊下の反対側に向く。ヘキサボルグも猛仙も、誰かが工場に入ってきたことに気が付いたのだ。二人してその判断をした決め手は、『衣擦れ』の音だ―― 「音に金属音は含まれていない」 「靴はランニングシューズ、ジーンズを履いてるな」 「あれ、この警戒心無い感じはもしかして……ミナじゃない?」  猛仙は音の方角に向かう。ヘキサボルグはすでに戦闘態勢であり、槍から空気が揺らぐ謎の力が発生している。猛仙の方も右手に宿る雷と左足の水を起動し、電磁波と相手の音を利用して相手の形をとらえる。この形は女性。ナギリオウマでも、『プロトカリバー』でも中性的な容姿である『武力の(D・D・S)』でもない。あの二人はもっと背が高く、不用意な音は一切立てない。そして『プロミネント・ネイヴァー』は普段衛星軌道を回ってるため、降りてこない限り会わない。  とは言うものの、これはあくまで猛仙の目線であり、実際は高身長のヘキサボルグよりもだいぶ小さい。 「……モウセン?」 「ああ、やっぱり……何でここまで来たんだよ。ってか、どうしてわかった?」 「さっきすれ違った女の人からあんたたちと似た感じがしたから」  後ろで構えていたヘキサボルグがため息をつくと、猛仙は右足を一歩後ろに下げる。不自然に血管が浮き出ているのが見えたが、すぐに消えた。帰ろう、と手を差し出してくるミナを猛仙は複雑な面持ちで見る。つい後ろを振り返ってしまう彼を後押しするようにヘキサボルグは「行ってきな」とだけ言うと奥に戻っていく。同時に、もう一つの言葉を告げる。ミナの腕時計は午後5時を回ったところだった。 「帰りは付いていったれ。今日は仏滅だ」 「……へぁ!? なんで先に言わないんだよ!」 「俺も今思い出した。まあ、お前の力なら退けれるはずだ。能力を解放すべきだろう」 「ねえ、どうして仏滅がダメなの? 怪異は……あ」  猛仙の方は目を閉じて何かしている。説明を求めるようにヘキサボルグを見るが、違う声が解説をし始めた。声しか聞こえない。 「仏滅は怪異や人外が最も力を発揮できる日なのです。我々を見ることができる癖に普通の人間のあなたなど、狙われることは想像に難くないですね……。運のよいことにその子はとても強い。一緒にいればやられはしないでしょうが、猛仙。十字路と裏路地は避けなさい」 「プロトカリバー、居たんだ。了解だよ。仕方ない、今日はまたお前んちに行くしかないな。……能力の無制限使用を自己完結モードで許可。経路上に電磁防壁を展開。――うーん演算が追い付かねえ。蹴散らしながら帰ろう」  もうあきらめた顔で腕まくりをする猛仙。それよりもあの聖剣の名前が出てきたことに気を取られていたミナは、質問攻めにしたかったのだが容赦なく担ぎ上げられる。彼の顔が露骨にゆがむ。 「重っ」 「は?」  無言で工場の二階から大ジャンプをする。ひとっ飛びで正門を抜けると、黒い影が湧き出てきた。これが例の怪異って奴だろうが、猛仙は後ろを向く。工場の窓からミナの全身を飲み込めそうな太さのレーザーが背後から放たれ、影を消し飛ばす。何か剣のようなものを向けているフードを着た影がちらりと見えた。すさまじいスピードで走り出した彼だが、ミナは同じところを走らされていることに気が付いた。 「モウセン! 道が!」 「わかってらあ。……無刀斬空!」  空いた右手が空を切ると空気が割れて向こうの景色が見える。同時にミナは髪の毛が逆立つのを感じた。猛仙の右手が輝いている。 「トガノミカヅチ!」  パンチが異空間を貫き、外の世界の電柱を捻じ曲げる。やっちまった、みたいな顔してないでどうにかしなさいよ。外壁から民家の屋根に飛び乗り、猿の様に家にまっすぐ向かう。が、猛仙の足が家の前で止まった。今度は家からどんどん離れていく。 「ちょっとどこ行くのよ!」 「敵だ! 目を閉じてろ」  屋根にミナをぽいっと置くと、全身が五色に燃え上がる。左は炎だったはずだが、今は水が渦巻いている。右は炎になっている。謎はすぐに解け、水の宿る左足が放電しているので属性を交換しているのだ。  相手は、今度は顔を隠していない。猛仙を見る目は憎悪そのものだ。 「ようやく見つけたぞ……黙って首を渡せェ!」 「じゃあ取ってみろ、できなきゃ死ぬだけだぞ! 相反する火水を無理やり合わせるとこういうことができるのさ」  刀を振り上げる相手の女の子。ミナはまた猛仙を止めようとしたが、足に何かが巻き付いている。赤黒い触手にがっちりと掴まれて動けない。これも怪異の一種だろう。それに気づいたらしく、突然両手を合わせ、大量の煙を発生させて目くらましをする。ミナのもとに来ると触手を素手で引きちぎってしまった。 「隙ありッ!」  背中に刃が振り下ろされる。が、やはり寸前で全く動かなくなる。こちらを見た眉間に寄るしわが強い怒りを感じさせる。斥力で刀ごと相手を吹っ飛ばすと、空気の流れが目に見えるほど巨大な磁界を生み出す。両の拳を合わせると、民家の瓦屋根がカタカタ動き、浮かびだす。 「この斥力の剣に対してめえは異能で干渉することはできない!」 「貴様の姉たちには何一つ恥じることは無いのか! 貴様だけ妖刀なのは、殺しを平然と行っているからだ!」  相手のその言葉は彼の逆鱗に触れた。真顔になると、無言で磁界をはずしたように見えた。が、それは形を変えてロックビームにしただけだ。相手の一直線上、すべてが停止する。  逃げられない。これが本気の殺意。先ほどの攻撃はすべて範囲攻撃で、威力が分散する分本気ではなかったということだ。確実に殺す気なのだ。彼女ももがいているが当然ピクリとも動けない。 「ダメージコントロール完了。ダメージリバーサル。構成要素の20パーセントをロック対象に与える。俺が今まで受けた痛みの五分の一を今から与える。それを耐えきれば俺の首をやる」 「五分の一……だと!? なめるな、父を失った痛みに比べれば……!」 「猛仙!!」  猛仙は悪意に満ちた笑みを浮かべた。  ――「ま、五分の一なんて与える気は無いし、そんな器用なことできないんだけどね」  小さな血だまりを見ながら猛仙は呟く。全身に数百年分のダメージをいきなり受けた体は当然耐え切れず、爆散してしまった。 「モウセン……」 「「猛仙ちゃん」」 「帰ってきて……」  同時に遠く離れたところで名前を呼ぶ声があった。
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