伏兵

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伏兵

  先ほど、あんな凄惨なことをしておきながらもまだ腹の虫がおさまらない猛仙はどんどん無口になっていく。家に着くや否や、さっさと壁に寄りかかって目を閉じてしまった。かたくなに布団に入らないのは気が抜けるかららしい。  あの血だまりよりもずっと、猛仙は心から血の涙を流し続けてきたのだろうか。  ――ミナは毎日猛仙の寝顔を見ているが、顔でわかる。全く休んでいない。目を閉じて寝たふりをしているだけで、彼の横を通るたびに奇妙な『揺れ』を感じる。力場で常に自身の周りに対物バリアを張っているのだ。力場を制御演算している時に脳は休むことができない。 「やっぱり空気が変な動き方してる……。ねえ、モウセン。起きてるんでしょ? もう少しあんたたちのこと教えてよ」 「……何が知りたいんだ?」  そうねえ、とミナは少し考えると『プロトカリバー』と呼ばれていた女性らしき声のことを聞いた。 「あのプロトカリバーって、何?」 「…………エクスカリバーの試作型。あれがなけりゃ伝説の聖剣は完成しなかった。これ以上は言わないように念押しされてるから本人に聞きな」 「ほかにはどんな子がいるの?」 「DDSとプロミネント・ネイヴァー……ってのがいる。お前があったことあるのは俺とヘキサ、ナギリオウマとプロトカリバーだけだ。世界を見ればもっと俺みたいなやつは大勢いる」 「DDS?」  D・D・S。これはディメンション(Dimension)デストロイ(Destroy)ソード(Sword)の頭文字をとった『武力そのもの』の名前だそうだ。彼いわく、呼び名が多すぎて本人もなんと呼んだらいいのかさっぱり分からないらしい。能力の特徴から、とりあえずDDSと名前を付けたという事だ。そのまま訳すと『次元破壊剣』なので、空間でも破壊するのだろうか。まさかそんな、パルゥ! とか言いそうな人は居ないだろう……。 「いま、あくうせつ○んのことを考えたな?」 「ひょ?」 「……寝なよ、俺も寝るから」  と言うと、また目を閉じる。だが、やはり寝ていない。ご丁寧に寝息まで立てているふりをしている。気になって眠れたものじゃないが、明日は大学の入学式なので無理矢理目を閉じ、寝た。  あくる日、居なくなっては無いだろうかと壁を見ると、座っている猛仙がいつもの顔で「起きた?」と言ってくる。安心して彼の頭をなでる。何度かスキンシップをしていてわかったことだが、傷に手が引っかかることも少なくなく、ミナはこんな子でも戦わなければならない世界があったことを悲しく思った。スキンシップをしている間、猛仙は全く動かず、なされるがままにしている。たまに嫌がって逃亡を図るが戦闘態勢でない時の彼は面白いほどどんくさく、すぐにつかまる。  始業式の準備をし、スーツを着込むミナに対し彼はこういった。 「今日は始業式……人の感情がひと所により集まる日だ、お前は俺たちと出会ったタイミングが悪かったからまだ連れてこうとする奴がでるかも。なんか偉い人が話しするんだろ? 紙見せて」 「そんな、真昼間だよ? そんなことあるわけないじゃん」  否定しながら猛仙に紙を見せる。「どうなっても知らねえぞ」と言いながら登壇者のリストを眺めているが、ある一人に目が止まった時、顔が変わり、口を真一文字に引き結んだ。 「……こいつ」 「この人がどうしたの? 自衛隊の部隊長じゃん」 「この顔は忘れようがない……俺が問われてる罪は、半分近く冤罪なんだ。それを擦り付けたのがこの天之加久矢(アメノカクヤ)、神器だ……。何か作っていたようだが辻斬りかどうかで言われると多分違う。一応こいつには刃の形態と弓と矢に分裂する二つの形態があるけど、まさか自衛官だったとは……イージスってことで俺も意趣返ししてやるか」  また、酷い笑みを浮かべた。何をするつもりなんだ……一応、殺さないように念を押しておいたが「たぶん死なない」とあいまいな返答を返されてしまった。本来期待に胸を膨らませるはずの新生活の節目たる入学式なのに、不安で胸はしぼんでしまっている……。  途中まで一緒に来ていたが、猛仙はどうやらヘキサボルグとプロトカリバーに連絡を取っているようだ。たまに『主砲』や『起動』とか聞こえるので、とんでもないことをやらかすのではないかという不安に駆られて何をするのかと聞いた。 「ちょっと昔に立ち返るのさ……お前の晴れ舞台だ、盛大に祝ってやるよ。カクヤの話しはじめまで待ってな」 「呪われない?」  あはは、まさか。と、ここ数日見せなかったいい笑顔で駅の反対側、海の方に手を振りながら向かっていった。……主砲?  始業式が始まった。ミナは絶対他人のふりをしようとカチカチになっていた。しばらくの間、予定通り式は進行していく。一人目の演説が終わり、二人目、三人目……そいつの番が来た。壇上に上がると少しだけあった声すらもなくなり、完全に静まり返った。彼が壇上に上がると少しだけあった声すらもなくなり、完全に静まり返った。彼が手を挙げると、上からするするとモニターが下りてくる。モニターには、所狭しと並ぶイージス艦が映し出された。少しざわめく会場に、彼は話し出す。 「初めまして、新入生の皆さん。私は――」  会場が揺れ、天井からホコリが落ちてきた。地震か!? と周りは慌てふためいているが、ミナだけはモニターにくぎ付けになっていた。  水平線を押しのけるように巨大な影が海を割る。同時に、彼の持つケータイが鳴りだした。通話を始めた彼の顔は引きつっていた。 「久しぶりの海だなぁ。あ、トビウオ」 「私の体は嫌がってますね」  巨大な影の正体は、ところどころさび付いているが緑色に発光している甲板だ。そう、三人は協力して瞬時に巨大な戦艦を作り出したのだ。カラーリングがヘキサボルグの武器と全く同じなので、超兵器化された海中の鉄クズとみて間違いないだろう。さらに二番目の主砲の上で淡い青に輝く剣の柄に両手を置くパーカーを着た女性がいる。形は両刃の洋風の剣なので彼女がプロトカリバーだろう。動力をつかさどっているようだ。なびくフードから赤と金色のインナーカラーがはみ出でいる。  そして猛仙とヘキサボルグは艦橋の一番上で巨大な力場を作り主砲の変形を担当しているらしく、ただの円柱が両側に割れて内部端子が移動し、三門の対物ライフルに早変わりした。そしてヘキサボルグ自体は胡坐をかいている。 「さあ、神器をおびき出すか……はずだ、辻斬りの正体でも見てやろうぜ、猛仙」 「見れるといいな……しかし目立つのはあまり望ましくないんだよな」
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