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「さあね」
課長がさっぱりわからないと言うように両手を挙げた。
「まあそんな細かい事はいいじゃない。それより島本くん、お願いがある」
「何ですか?」
「腹が減ってね」
「えっ」
「いやー、勝手に押し掛けて申し訳ないが、死んでると思ったら急に何か食べたくなって」
「食べられるんですか?」
「多分」
「何がいいですか?」
「なんでもいいよ」
すぐに作れるお茶漬けを作った。冷凍のご飯を解凍して、お茶漬けの素と、鮭フレークをかけて、熱い茶を注いだ。
もう少し手のかかった物を出したいと思ったけど、作ってる間に課長がいなくなってしまう気がして怖かった。少しでも長く課長といたい。
食卓の上にお茶漬けを出すと、課長がいただきますと、本当にありがたそうに手を合わせてから食べ始める。
課長の向かい側で、美味しそうに食べる姿を観察した。
死んでいるとは思えないぐらい課長は当たり前のように存在している。これは夢なんじゃないかと、何度も頬をつねるが、一向に目が覚める気配はない。
「美味しかった。ごちそうさま」
茶碗を空にし、満足気な表情をした課長が私に向かって手を合わせる。
「大した物じゃなくてすみません」
「幽霊には丁度良かったよ」
カッカッカッと課長が明るい声で笑う。
「さて、これからどうするかな」
課長が腕を組んだ。
「お風呂でも入りますか?」
課長が笑った。
「いや、仕事を思い出したから失礼する」
「仕事って?」
「娘の事で、ちょっとね」
立ち上がった課長が部屋から出て行く。
まだ課長と離れたくない。
「あ、ちょっと、課長!」
慌てて課長を追った。
外に出ると、課長の姿はどこにもなかった。
やっぱり夢でも見ていたの?
部屋に戻り、室内を見回すと、テーブルの上の空の茶碗が目に入る。
夢じゃなかった。課長はいたんだ……。
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