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「えーと、コーヒーでも淹れましょうか。それともお酒がいいですか?」
「お酒がいい。図々しいかな」
「いえ、私も飲みたかったから」
辛口の純米吟醸酒を課長の前に置いた。
「いいお酒だね。いいの?」
「はい。飲みましょう」
課長が私のお猪口に注いでくれた。私も課長のお猪口に酒を注いだ。乾杯と言ってから同時に飲み始めた。芳醇な香りが鼻に抜けてお酒はとても美味しかった。
課長も死んでからまた酒が飲めるとは思わなかったと、相好を崩した。どうやら私と一緒の時ではないと課長は物に触れる事が出来ないそうだ。
デパートの試食売り場を歩いたが、試食品に触れる事が出来なかったと課長が悔しそうに言った。その話がおかしくてまた大笑いした。
それから話題は娘さんの話になった。
小学校の卒業式の後、娘さんにもらった花束が嬉しかった事や、中学生の時、おたふく風邪になった娘さんの看病をした事や、高校の合格発表を一緒に見に行った事を課長は愛しそうな表情を浮かべながら話してくれた。
課長に心底愛されている娘さんがうらやましくなった。
「私もそんな風に課長に想われたいな」
課長が驚いたように右眉を上げた。
変な事を言ったんだろうか。
「私、なんかおかしな事言いました?」
「いや」
課長が口の端をあげて、私の頭を優しく撫でる。
「島本くんはかわいいよ」
体中が一気に熱くなった。
「そんな事言っても何も出ませんよ」
「もうお酒をいただいてる」
課長が笑った。
課長の笑顔がどんどん素敵に見えて、胸がドキドキしてくる。
そういえば昨日、課長に抱きついて泣いちゃったんだ。幽霊なのに温もりがあって匂いがして。
「何?」
課長と目が合い、慌てて逸らした。
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