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沢木は彩さんと一緒に夜7時頃、大学を出てスーパーに立ち寄った。
スーパーで買い物をしている沢木と彩さんは仲が良さそうで、いい雰囲気だった。
スーパーの後は沢木の自宅らしきマンションに二人は手をつないで入って行った。もう二時間近く、マンション前にいるけど、彩さんが出てくる気配はない。
「彩のやつ、まだ出て来ないのか? もう夜の10時になるぞ」
課長が苛立ったようにマンションを見上げる。
「お泊りなんじゃないんですか? 彩さん、大きな荷物持っていたし」
「お泊り! 僕は許さん!」
「いいじゃないですか。恋人なんだし」
つい心の声が出た。
こっちを見た課長が切れ長の目を見開き、信じられないものを見るような目をする。
「島本くんは僕の味方じゃないのか?」
「もちろん課長の味方ですよ」
「じゃあ、なんで悲しい事を言うんだ」
沈んだ声で口にした課長は本当に悲しそうな顔をしていた。
課長にそんな表情をさせてしまった事は申し訳ないけど、課長は間違っている気がする。
たった一日しか彩さんと沢木を見ていないけど、二人が好き合っているのは伝わって来た。
年の差が20歳あっても好き同士ならいい気がする。
課長がどうしてそこまで反対するのか理由がわからない。
「彩さんに年の離れた恋人がいる事が悲しい事なんですか? 課長は沢木じゃなくても反対するんじゃないんですか?」
切れ長の目が左右に揺れた。
「何が言いたいんだ」
低い声が響く。
「課長は間違ってます。彩さんと沢木は私の目から見ても好き合っているのがわかります。何が問題なんですか?」
「何がって、二十歳も年が離れている」
「今時、年齢差なんて障害になりません」
「先生と学生だぞ」
「彩さんは未成年ではありません。成人しているんですよ。問題はないと思いますが」
くっと、課長が短く口にし、切れ長の目で睨んでくる。
「二十歳も年上の男と結婚したら苦労が多いだろ!」
「彩さんはその苦労も含めて、沢木が好きなんじゃないんですか?」
「話にならん!」
課長がこれ以上は聞きたくないと言わんばかりに、プイッと顔を横に向ける。
少しも彩さんの気持ちを理解しようとしない課長に腹が立つ。
思わず、課長の胸倉をつかんだ。
課長が目を丸くする。
「課長は自分の物差しでしか見てないからそう思うんです! 男手一つで彩さんを育てたご苦労はわかりますが、いい加減、子離れして下さい! 彩さんが可哀そうです!」
ショックを受けたような課長の表情を見て、言い過ぎたと気づく。
「すみません。言い過ぎました」
課長から手を放して頭を下げた。
怒られると思ったら、優しい声が頭の上でした。
「島本くんはもう帰りなさい。こんな時間に女性が一人で歩くのは危ないから」
いつも課長は私の心配をしてくれる。
あの飲み会の帰りだって、一人で歩いていたら、駅まで一緒に行こうと声をかけてくれた。
あれが生きている課長との最後だったんだ……。
思い出したら泣きそうになった。
「島本くん?」
唇をキュッと噛みしめて涙を堪えていると、また心配そうな声がかかった。
その声が胸に沁みるほど優しくて、目の奥が熱くなる。
課長が好きって気持ちが溢れる。
これ以上、課長といたらまたバカな事を口にしそう。
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