6 すれ違い

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「帰ります」  私が歩き出すと当たり前のように課長が隣を歩く。  沢木のマンション前に残ると思ったから意外だった。 「課長も一緒に帰るんですか?」 「前にも言っただろ? 女性の一人歩きは危ないって」  あの夜も課長は同じ事を言っていた。 「島本くんを一人で帰せないよ」  照れくさそうな笑みを浮かべる横顔が優しい。  課長は本当に優しい人だ。優し過ぎるから娘さんの事も心配し過ぎてしまうんだろうな。 「あの、課長」 「何だい、島本くん」 「手、つなぎませんか?」  差し出すと課長が「いいよ」と言って繋いでくれた。  大きくて温かい手。  幽霊なのに、課長の指の硬さも、体温も感じる。  こうしていると課長が幽霊だって忘れそうになる。 「不思議だな」  低い声がしみじみとした感じで響いた。 「何がです?」 「いや、こうして島本くんには触れる事ができるから。滑らかな肌の感触も、体温も感じる事ができて、不思議だなと思って」 「そうですね。不思議ですね」 「島本くんも僕の手の感触がわかるの?」 「はい。課長の骨の感触も、温かい体温も感じます」 「そっか。じゃあ」と言って、課長が急に黙る。 「何です?」 「何でもない」  誤魔化すように課長が言った。 「何です? 気になります」 「いや、何でもないから」  僅かに課長の頬が赤くなった気がする。 「もしかして、エッチな事を想像したんですか? まさか私の胸に触りたいとか?」 「む、胸って、おいっ、僕はそんな男じゃないぞ」  焦ったような表情を浮かべる課長が可笑しい。 「冗談ですよ。課長が誠実な方だってよくわかってますから。それで物凄くロマンティストですよね。奥様と同じ名前の薔薇を100本集めようとしたんですから」 「島本くん、その話は勘弁してくれ。照れくさいから」 「幽霊になっても照れるんですね。課長、かわいい」 「かわいいって、45のおっさんに何を言うんだ」 「45歳でも可愛いものは可愛いんです」  私の言葉にさらに赤くなる横顔が愛しかった。  ずっと課長と一緒にいたい。  無理だとわかっているけど、願ってしまう。  次の日も課長と一緒に大学に行き、沢木と彩さんをこっそり尾行した。  その日の二人は午後3時頃に大学を出て、映画館に行った。私と課長も映画館に入り、沢木と彩さんが選んだ映画を観る事になった。  二人を観察しやすい一番後ろの席を二つ買い、シアタールームに入ると、沢木と彩さんがいた。  二人は私たちの二つ前の列だった。  今日も課長は顎に手をついて、ぶすっとした表情で彩さんと沢木を見ている。  二人の仲を認めていないのは一目瞭然。    なんでそんなに許せないんだろう? 「課長、せっかくだから映画を楽しみましょう。映画の間は二人ともどこにも行きませんよ」  膝の上の課長の左手をギュッと握ると、課長が驚いたようにこっちを見た。 「島本くん」  課長が困ったように繋がれた手に視線を落とす。 「ダメですか?」 「ダメではないが、近くに娘がいると思うと落ち着かなくて」 「何でです?」 「それは……」と言って、課長が右手で戸惑ったように頭をかく。 「後ろめたいというか」  課長の言葉が可笑しい。 「なんか浮気しているみたいじゃないですか」 「浮気だなんて、違うよ。僕はそんないい加減な気持ちじゃない」  今度は課長が怒ったように言った。 「いい加減な気持ちじゃないって何の事です?」  意味がわからず首を傾げると、課長が「つまり」と言って黙る。  そんなに言いづらい事? 「あ、島本くん、映画始まるよ」  課長が言ったタイミングで広告上映が終わり、本編が始まる。  なんだか誤魔化されたような気がして、悶々とする。  いい加減じゃないって、どういう意味だったんだろう?
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