6 すれ違い

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 沢木と彩さんを追いかけて、映画館を出た時、肩を叩かれた。  見上げた先に彫りの深い沢木の顔があって、心臓が止まりかけた。 「昨日から僕をつけてますよね?」  沢木の言葉にキュッと胃が縮む。  沢木は一人のようで、彩さんの姿はない。  おろおろしていると、隣の課長に「島本くん、落ち着け」と言われた。  そう言われても、焦る。沢木に尾行を気づかれている事に全く気づいていなかった。 「どこを見ているんですか?」  課長の方を見ていたら、苛立ったような声が降ってくる。  沢木は明らかに不機嫌そう。  正直に話した方がいいかもしれない。 「実は私、彩さんのお父様の濱田さんに大変お世話になった者でして、それで濱田さんに頼まれていた事がありまして」  課長の名前を聞いて、沢木の表情がさらに険しくなる。  結婚を反対していた課長に対して、あまりいい感情を持っていないんだろうな。 「何を頼まれたんですか?」  うわっ、不愉快そうな低い声。  彩さんと別れて欲しい、なんて言ったら怒鳴られそう。   「あの、その」  しどろもどろになっていると、課長が「島本くん、僕の言葉を伝えてくれ」と言って来たので、その通りにした。 「『結婚は許せない。大学に学生の彩さんと交際している事をバラされたくなかったら、今すぐ別れなさい』」  ……別れろと言ってしまった。  怒鳴られる? と思っていたら、沢木が笑い出した。 「あの親父に僕を脅せと頼まれたんですか? どうしようもないバカ親父だな」  バカ親父だなんて酷い。確かに彩さんに過保護だけど、課長は彩さんの事が心配なだけなんだから。  課長を侮辱する沢木に腹が立つ。 「脅しじゃないですよ! 彩さんとつき合っている証拠写真もありますから」  スマホを取り出し、昨日スーパーの帰り道で撮ったとっておきの写真を見せる。  写真には道路の端で沢木と彩さんが熱烈な抱擁をしている姿が写っている。この写真を撮った後、怒り狂う課長を宥めるので本当に大変だった。  スマホを見る沢木の顔色がさっと青くなる。  写真の効果があったよう。 「大学にこの写真を送ったら問題になるんじゃないんですか?」  沢木にとどめを刺すように言った。  スマホを凝視したまま沢木は「わかりました」と口にした。  良かった。わかってくれたと思ったら、想定外の言葉が続いた。 「大学を辞めます」    ハッキリと沢木が言った。  驚いて隣の課長を見ると、課長も驚いているようだった。 「教授の地位をお捨てになるんですか? ご自分の人生を棒に振る事になりますよ」 「このまま、彩と別れる事の方が人生を棒にします」  こっちを見る沢木の瞳に迷いは感じられない。  彩さんの為に本当にこの人は大学を辞める気だ。  そこまで好きならやっぱり別れさせるのは可哀そうな気がする。 「彩のお父さんにも言いましたが、彩を諦める事は出来ない。僕にとって全てなんです。絶対に彼女を幸せにします。どうか僕たちの事はそっとしておいて下さい」  頭を下げる沢木の姿から真剣な気持ちが伝わってくる。  こんな風に頭を下げられるのは居心地が悪い。そっとしてあげたいけど、課長がな……。  あれ? 課長、なんか悲しそうな顔をしている。  どうしたんだろうと思ったら、黙ったまま課長が歩き出した。  えっ、どこへ行くの?   待って。置いていかないで。
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