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「どうぞ」
彩さんがテーブルの上に白い封筒を置いた。
宛名には見覚えのある課長の字で『島本あかり様』とあり、差出人の所には課長の名前があった。
「父が亡くなった日に家に届いたんです。切手を貼ってなかったから戻されちゃって。父って意外とこういう所抜けてたんです」
彩さんが笑った。
まさか課長が私に郵便を出していたとは思わなかった。
封筒の中には何が入っているんだろう……。
「今朝、父に言われるまで忘れてました。ごめんなさい」
「いえ。こちらこそ呼び止めて頂きありがとうございます」
一刻も早く、一人になって封を開けたくなった。
「あの、これで失礼します。いろいろありがとうございました」
封筒を受け取り、課長の家を出た。
彩さんは見送りに門まで出てきてくれた。
薔薇の甘い香りが漂っていた。
思わず足を止めて薔薇の方を見ると、彩さんが言った。
「島本さんの名前を見て思い出したんですけど、父が死ぬ直前に植えた薔薇があるんです。ほら、あそこの薄いピンク色の薔薇」
彩さんの指先に白に近いピンク色の薔薇があった。
「控えめな感じでかわいいですね」
「あの薔薇の名前、知ってますか?」
「いえ」
「『あかり』って言うんですよ」
彩さんが微笑んだ。
「余計な事言いました。ではお気をつけて」
彩さんがお辞儀をした。私も涙を堪えてお辞儀をして門の外に出た。
駅に向かって歩きながら、想いがどんどん大きくなってくる。
どうして私の名前と同じ薔薇を課長は植えたんだろう。
どうして彩さんに「島本くんによろしく」って言ってくれたんだろう。
どうして亡くなる直前に私に郵便を送ったんだろう?
課長の気持ちが知りたい。
居ても立ってもいられず、立ち止まって白い封筒の封を切った。
中には手紙が入っていた。
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