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2 告白
飲み会が終わって、居酒屋を出た後は二次会のカラオケに連れて行かれそうになった。とてもそんな気分になれない。一刻も早く帰って一人になりたい。
課長におじさんと言ってから課長の方も見られなくなった。課長がどんな顔をして私を見ているのか知るのが怖い。
どうして狼狽えてるんだろう。
課長が上司だから? 築いた信頼関係を壊してしまいそうだから?
酔った頭でそんな事をぐるぐると考えるけど、わからなかった。
駅に向かって派手なネオンが続く通りを一人で歩いてると、「島本くん」と親しみのある声で呼びかけられた。
振り向くと濱田課長がいた。
「課長」
「この辺は酔っ払いが多いから女性が一人で歩くのは危ないよ。駅まで一緒に行こう」
「課長、カラオケ行かないんですか?」
「実は僕、音痴なんだ」
「えっ」
課長が『上を向いて歩こう』を歌った。調子はずれな歌が響いて唖然とする。 課長が音痴ってイメージが違い過ぎる。
「ね」
同意を求めるように課長がこっちを見る。
目が合った瞬間、おかしさに吹き出した。
「何でも完璧に出来る課長にも苦手な事ってあったんですね」
「僕は全然完璧じゃないよ」
「そんな事ないです。課長はいつも的確な答えをくれるじゃないですか。まるで全てを知ってるような」
「そう見えるのは経験の差だよ。こっちは君より二十年長く生きてる『おじさん』だからね」
茶化すように課長が言った『おじさん』って言葉にさっきの事が過る。
「さっきは『おじさん』なんて言ってすみません」
「いいんだよ。僕の方こそすまない。佐々木さんに変な風に思われてしまって。もしかしたら僕が島本くんに対して馴れ馴れしく見えるのかもしれない。今後は気をつけるよ」
「いいえ、そんな事ないです。私がいけないんです」
「島本くんは何も悪くないよ」
課長の優しい笑顔に胸がいっぱいになった。私だけの笑顔にしたい。江里菜に取られたくない。そう思った時、押し込めていた気持ちが飛び出しそうになった。
「課長、あの、失礼します」
自分の気持ちから逃げるように周りも見ずに横断歩道を突っ走ろうとした。
次の瞬間、右腕を強く引っ張られ、課長の胸に引き寄せられる。
トラックがすぐ前を通り過ぎた。
「赤だよ」
笑顔の消えた表情で課長が私を見下ろした。
課長と目が合った瞬間、吸い込まれるように課長の唇にキスをする。
軽く触れるだけのキスだった。
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