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第一夜
秘密の恋をしょうか。
きっと甘く完美な物だろう。さあ私の手を取りなさい……。
高平奈緒は洗面所の鏡に映る自身を見詰め、柔らかな黒髪を手櫛で整えた。
イタリア人の母に生き写しの青い瞳と、華奢で白い肌は人を引き寄せる魅力を持ち、父に似た黒髪は艶やかで、まるで天使の輪のように煌めいている。
今年二十六を迎えた奈緒は、美人だがれっきとした男だ。奈緒にはひとつ悩みの種が在る。
それは……。
「高平さん」
同じ秘書室の有沢が、奈緒を探しに来た。
「どうしましたか」
「…社長がお戻りです」
「え…先様との会食には行かれたのですよね? まだ戻るには早い…」
奈緒が腕時計を確認した刹那、眉間に深い皺を寄せた。
「また逃げ出したな」
ぼそりと呟いて歩き出す。
有沢は奈緒の背後を連いて歩きながら、首を傾げた。
「社長が会食に行ったのって、先様は確か医療関係者の方ですよね?」
「ええ。ご友人の婚約発表に招待されて…ああ、梶(かじ)さんすみません」
社長室の前で、秘書室長の梶淳子が佇んでいる。手にはトレーが在るから、お茶を置いて来たのだろう。
「何やらお疲れのようですよ?」
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