月明かりの下で

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月明かりの下で

どんなに降水確率が高くても 直前まで雨が降ってても 「21時から22時の1時間」 その時間だけは晴れてて欲しい。 僕(山田渉・やまだわたる)が そう願うようになったのは… 美月(谷口美月・たにぐちみづき)と 出会ってからだ。 それまで夜空を見上げることなんて 年に数回、片手で数えるくらい。 それだけ夜空に無頓着だった。 僕達は、高3のクラス替えで 初めて一緒のクラスになり 初めての席替えで 僕は美月の前の席になった。 一応、同級生ではあったが 僕が野球部で美月が茶道部。 これまで1度も話す機会はなかった。 「山田くん、起きて」 それが、美月が僕に話しかけたくれた 初めての言葉。 後で思えば最悪だよね。 でも、美月にとっては それがよかったらしい。 よしっ、主導権握った!的な。 笑っちゃうよね。 それから僕達は、色んな話をした。 「英語の宿題終わんねぇー。見せて🙏」 「ねぇ、andropのKoiって曲知ってる? オススメだから聞いてみなよ。」 …… 「高校最後の大会だね。 悔いないように頑張って!!」 「美月の応援、心強いよ!」 2019年7月6日(土) この日が僕にとって 高校最後の野球の試合となった。 序盤から西鹿児島高校に3点をリードされ 追う展開のまま、1度も得点を返せず 僕の夏はあっけなく幕を閉じた。 その日は朝方から降った雨のせいで 僕達の試合開始時間は夕方にずれ込んだ。 最終回が終わる頃には日も沈み 照明に灯がともっていた。 野球場をあとにし、学校に戻ると そこに数人のクラスメートが 待っていた。 そして、その中に美月の姿もあった。 僕達は仲は良かったけど 彼氏彼女の仲ではなかった。 1度だけ美月に告白した事があったが 「友達でいよう」 あっさりふられたからだ。 でも、今日は美月の方から 「渉、一緒に帰ろう」 と声をかけてきた。 「なんだよ急に。慰めならいらねぇし…」 照れくさくてそう言ってしまった。 冗談で言ったつもりだったが 美月の顔に笑みはなかった。 「渉と最後に話したいことがあるの…」 「最後に?…」 それから僕達は 学校近くの公園へ 歩いて向かった。 僕は美月に声をかける事が できなかった… そして、ベンチに並んで腰かけた。 「渉、疲れてる時にごめんね」 「全然平気、それよりどうしたの?」 午前中の雨が 全てを洗い流したかのように 雲ひとつない綺麗な夜空だった。 そして、満天の月。 7c9480bb-5367-4fa5-b04b-4c94bf63f623 (表紙&挿絵のイラスト:misaki𓃹) 月明かりの下で 美月が言った言葉に 僕は耳を疑った。 「私ね、多発性硬化症って 病気かもしれない。 それで、来週から東京の病院に 入院することになったの…」 「えっ?」 突然の告白に僕は驚いた。 「5月くらいに、ほら、顔に痺れがあるとか 目の焦点合わないとか、言ったじゃん」 僕は美月の話に頷く事しかできなかった。 「あれから病院に行ったの」 「うん」 「最初は疲れかストレスです。 ゆっくり休んで様子を見ましょう って言われてたんだけど、あまりに 長引くからさ、大きな病院で見て 貰ったの」 「うん」 「そしたらさ、即入院しましょう!だって」 「えっ?」 突然、そんな事を言われても 僕には美月にかけてあげられる言葉が すぐには浮かばなかった。 美月の話が続く。 「ほら、前に渉が私の事を好きだから 付き合ってって言ってくれたでしょ」 「うん」 「あれ、ほんとはすごく嬉しかったんだ…」 「うん」 「でも、その頃から体調悪くて 原因不明の病気だったから この先どうなるか分からないから 断ったの」 「うん」 「でも、いざ、渉と離れると思ったら、 ちゃんとホントのこと伝えたくなって…」 その頃には、いつも明るい美月の顔が 涙でぐしゃぐしゃになっていた。 「ホントのこと言ってくれてありがとう」 僕はそう言って ポケットからハンカチを取り出し 美月の涙を拭いた。 そして、右手で美月の左手を ギュッと握った。 しばらく美月は泣いていた。 ずっと辛い気持ち 我慢していたのだろう。 僕は何も言わずに、そっと美月を 抱きしめた。 5分ほど過ぎた頃、美月が言った。 「渉といた時間、ほんとに楽しかった。 私も渉のことが好き、大好き」 僕の頭を色んな事がよぎった。 美月が病気ってなんだ。 多発性硬化症ってなんだ。 治らない病気なのか。 東京に行くってなんだよ。 学校はどうするんだよ。 でも、僕は動揺を見せないように こう言った。 「美月、話してくれてありがとう。 正直、今聞いたばっかで病気のこと 全然分からないし、何もしてやれない」 「うん」 「でも、俺、美月のこと好きだし 美月のそばにずっといたい。」 「お金ないから、すぐに会いに行けない けど、バイトしてさ、お金貯めてさ 絶対、美月に会いに行くから…」 そして、僕達はLINEを交換した。 2019年7月7日(日) 美月は東京に旅立った。 鹿児島空港に行き 3階の展望デッキから 美月が乗った飛行機が 見えなくなるまで 手を振った。 僕はその日から毎日 美月と話した公園に行き 夜空を眺めてる。 時間は、21時から22時。 美月と最後に話した大切な時間。 晴れた日は、月がよく見える。 そして、僕は月明かりの下で 美月との時間を共有する。 美月が東京に行って約2週間。 いつものように 公園から見る月明かりの下で 筋トレをしてた時だった。 携帯の画面に美月の名前が浮かんでいた。 「もしもし、渉。 ねぇ、聞いて聞いて」 「よう、美月。 元気そうじゃん!」 「えっ、わかる?」 「だって、 俺にもしもし言わせない勢いだもん」 「そっか‪w あのね鹿児島に戻っていいって」 「それって退院ってこと?」 僕は聞いた。 「そうだよ。今の病院を退院して、 地元の病院に通院するの」 「うぉー!」 しばらくして僕は 「やったじゃん!」 会えることの喜びを隠せずに 大声ではしゃいだ。 美月の喜びが伝わってくる。 ステロイドの点滴治療を はじめてから すごく体調が良くなって 病院の売店に1人でいって 大好きな「抹茶味のPARM」 買ったらしい。 美月、抹茶好きだもんな… こういう時こそ 男がしっかりって思うのに いつも美月が楽しい話題を 振ってくる。 「2学期から学校も行く予定だよ」 「ほんとかよ。 じゃ、美月は俺の後ろの席 強制だからな」 「はぁ?それ無理じゃん 先生が決めるのにw」 まともな反応で少し悲しかったが そんなことより美月に会える嬉しさが 溢れてくる。 早く美月と会って話したい。 月明かりの下で、僕はそう思った。 (おしまい) ■あとがき spoonというラジオ配信アプリで 推し主さんのハートコメを考える ようになって、文章を考えるのが 好きになりました。 自分が考えたフレーズを推し主さんが 言ってくれることの喜び。 それが、自分が小説を書いてみたいと 思うようになったきっかけです。 この作品は 自分が素直になれずにできなかった 学生時代の恋愛について書きました。 何かをできる自分。 ハッピーエンドな自分。 自分自身への励ましだったのかも 知れません。 そして、少しでも読者の心に響けば 嬉しく思います。 あく
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