プロローグ

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プロローグ

『今、輝くその理由』 ソファに投げ出されたファッション雑誌の表紙に飾られたその文字を、美礼はにらみつけた。 こんな雑誌、やはり買うべきではなかった。 彼女の胸を支配する後悔と苛立ちを持て余して、美礼はソファの横に立ちつくした。クリーム色の革張りのソファ。白く艶やかなテーブルを囲むように、片側がゆるくカーブしているそのソファは、美礼の母のお気に入りだった。母に似て優しいソファだ。 今しがたソファに投げ出したその雑誌を、美礼は慌てて払いのける。雑誌はばさりとベージュのラグの上に落ちた。 こんな女が載っている雑誌を母が大好きだったソファの上に置いてはいけない。 美礼の頭の中で、ついさっき目にした文章たちがぐるぐると渦巻いている。それは、今や一人の女性の声となって鳴り響いていた。高く澄んだ、自信溢れる声。 あの女の声など聞いたこともないはずなのに。 美礼は思わず両手で耳をふさいだ。 雑誌の中で、笹原梨沙は幸せそうに微笑んでいた。さすが、二〇年前はモデルと呼ばれていただけのことはある。「昔取った杵柄」とも言うべきか、悔しいが、その笑顔は絵になっていた。 『優しい時間が流れているような気がするんです。仕事をしている夫を見ているとき、部活に夢中になっている息子を見ているとき、自分は彼らが帰って来て休める場所なんだなって、素直に実感できるっていうか… そういう充実感って、この年齢になったからこそわかるものだと思うんです。若い頃は、充実感って、もっと必死になって得るものだと思ってましたから…』 まるで、何もかも手に入れたかのように勝ち誇った言い回しではないか。 美礼は叫び出したくなる衝動を必死で抑えた。 何をえらそうなことを言っている? 人の幸せをめちゃくちゃに踏みにじっておきながら… 美礼はぎゅっと目を閉じた。 笹原梨沙のあの幸せの裏でどれだけの犠牲が払われたか、この記事を目にする人の中で知る者は誰もいないに違いない。 笹原梨沙は、美礼たちの大事なものを奪ったのだ。しかも、ぞっとするくらい卑劣なやり方で。 そうやって得た幸せを、当然の権利のようにふりかざしている。それなのに、誰も彼女を罰する者がいないなんて、美礼は納得ができなかった。 誰も彼女の罪を追及することができないなら、自分がやる。 彼女の大切なものを奪ってやりたい。 美礼は自分の心の中に、燃え上がる復讐の炎を見た。
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