第一章 1

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第一章 1

なぜ、あのとき振り返ったのか、後から考えてみても高志にはわからなかった。 いつもならそのまま通り過ぎる経済学部棟。 グラウンドから正門に向かう途中にあるその建物は、ほとんど夜になりかけている空の下で、静かに高志を見下ろしていた。アメリカンフットボール部の練習が終わって疲れた体は、周りへの関心を半減させる。 高志は、大学に入学したらアメリカンフットボールがやりたいと、ずっと考えていた。 高校時代はサッカーに明け暮れていた。今でももちろんサッカーは好きだ。 しかし、偶然テレビで見かけたライスボウルの試合は、高志の瞳を釘付けにした。 ライスボウルはその年の社会人チームのトップと大学チームのトップが激突する試合だ。 ごついショルダーと強固なメット。 手加減という言葉とは無縁のようなぶつかり合い。 勢いよく飛ぶアーモンド型のボール。 高校二年生の高志は、テレビの前で自分の手をぎゅっと握り締めていた。 ボールを持って、さっそうとフィールドを走る選手。敵チームの守りの隙を突くようにしてすり抜けながら前進するその姿に、高志はドキドキした。 その選手のポジションがランニングバックという名であることを知ったのは、次の日だった。 それから高志はランニングバックとして活躍する日を夢見ていたのだ。 彩華学院大学に入学すると、迷わずアメリカンフットボール部へ入部した。 日本でアメリカンフットボール部がある高校は珍しい。そのため、新入部員のほとんどが初心者で、スタートラインは皆が同じだった。 高志はサッカーで鍛えた体と勘に物を言わせ、みるみるうちに上達していった。その成長ぶりは同級生の中でも群を抜いており、初めての夏合宿が終わる頃には上級生にも注目される存在となっていた。
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