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 次期風紀委員長に俺を指名したセンパイは、俺への引き継ぎと称し無闇に俺を呼び出した。染め直した髪はすっかり銀色なのに風紀委員長というのはこれ如何に。  委員長に指定されてしまった手前、制服だけは着るようにしたが一番風紀を乱している俺が委員長というのはなかなか笑える話である。 「圭一~」 「鬱陶しいから離れてください」 「んなこと言って。照れてる?」  によによと笑み崩れながら寄ってきたセンパイは、交際の開始したあの日からずっとこの調子である。嫌いじゃない。嫌いじゃないし、そういうところも好ましく思ってはいるが仮にも他の委員がいる前でじゃれつくのはやめてほしい。 「……邪魔」 「だからって塩撒くな!」 「いや、邪魔なんで」 「二回も言うな! 傷つくだろうが」  地味に核心を突いてきたセンパイを無視して書類を片付ける。机上の瓶にはまだ塩がたんまりと入ってあった。暫く補充は要らないだろう。 「ごめんね?」 「首傾げて確信犯なんだろうなぁ! 可愛いから赦す!」 「……」 「照れ隠しに盛り塩置くのやめてくれないか?」  多少愛想良くしたら赦してくれないかなと思ったのは事実だが、かわいいが来るのは予想外だった。センパイの目には俺がどう見えてるんだ。他の委員を見ると、諦めろとばかりに首を振られる。どうやら彼らから見てもセンパイは末期らしい。今まで俺ばっかりが別の世界を見ていると思っていたが案外そうでもないのかもしれない。  かけられた塩を制服からはたき落としたセンパイは、不意に物言いたげな視線を俺に向ける。空気の違うそれを視線で促すと、センパイは微かに微笑んだ。 「怖がらなくても、俺は消えないから」 「……幽霊も塩じゃ消えませんよ」  塩から幽霊を連想し、思い出したのだろう。俺の恋はいつも霞のようになくなったことを。奥底に隠していた不安を言い当てられ、思わず苦笑する。センパイは俺の軽口に始めの頃を思い起こしたのかクスクスと声を立てて笑った。 「そうだな。幽霊も塩じゃ消えないんだった」 「そうですよ。精々俺のテンションが上がる、くらいで」  揶揄うような話し方を意識したが、センパイの目の優しさに声が跳ねて失敗する。帰ろうか。センパイが言った。他の委員はもうすっかりいなくなっていた。  *  カンカンカンカン。  踏切に差し掛かる。警報器の音と共に遮断機はゆっくりと下りてくる。線路の前にはいつもの人影。フミキリさん、と小さく呟くとセンパイがこちらを見やる。大丈夫だと浅く頷き、一歩、フミキリさんへと近付く。 「死ぬな」  遮断機を持ち上げる手と反対の方の手を掴み、フミキリさんを引き留める。しきりに線路だけを見ていたフミキリさんは、ハッとした顔で俺を振り返った。 「……もう死んでるよ」  へにゃりと情けなく下がった眉に、ぎゅうと手を強く握った。俺も似たような表情をしているのだろう。フミキリさんは薄らと口元を緩める。もう、楽になりたいのか。死んでも死んでも、この場所から離れることができないから。助けてと声にならない声が聞こえた気がした。 「――安らかに」  遠方に塩を撒くように、フミキリさんと俺の間を手で薙ぎ払う。自身の体が払われた箇所から消えるのを見たフミキリさんは、ふわりと泣き出しそうな顔で笑った。成仏にも似た光がフミキリさんの体を溶かしていく。カンカンカン、という警報音をかき消すような轟音と共に電車は踏切を走っていく。ふわりと野原の優しい香りが辺りに漂う。電車の走る風に攫われることない香りからは鉄臭さを感じさせなかった。  力の抜けた俺の体を後ろに立っていたセンパイは咄嗟に抱える。大丈夫か、という問いに俺は軽く頷く。 「大丈夫ですよ。もう除霊、できたんで」 「除霊?」 「そうです。マーサに体を貸した影響か、霊力を前より上手く使えるようになったみたいで」  マーサねぇ、と顔を歪めたセンパイに失敗したと慌てる。どうしようと視線を彷徨かせ、思いつきのままセンパイに手を差し出す。 「……でもあの。フミキリさんの手、握っちゃったんで。上書き、してくれませんか」 「……圭、」  喜びに顔を染めたセンパイの言葉を遮り、言い直す。これじゃ、このままでは俺の本当の言葉とは言えなかった。 「いや違う。違うんです。ほんとは俺が手を、繋いでほしくて……。駄目ですか」  不安に手を戻しかける。センパイはその手を取り、するりと指を絡めた。所謂、恋人繋ぎというやつである。 「帰ろうか」 「……、はい」  夕暮れ時。一組の恋人の影が地面に落ちる。自分の足から伸びている影が幸せそうで、踏みたくなくて。勿体なくてなかなか地面に足を落とせない俺を、地面に映るセンパイは優しく見つめていた。 【完】
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