― 温もりを きみに ―

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 塚山は警戒も露わに、そのコールに応えた。 「いえ、どちら様ですか?」  短い会話の遣り取りで、次第に深くなっていく眉間の皺に、紬は相手を察する。  彼は通話を切った後、すぐさま番号を着信拒否に指定し、その手で草悟に電話を掛けた。 「仙条? ああ、今しがた電話がきた。お前電源入れて、GPS大丈夫か?」  いつもより幾分、塚山の口調も固い。 「いや、まだ電話だけだな。お前達を探してるってさ。何処にいるか分かったら連絡くれって言われた。ん、着拒にはしたから」  起き抜けで緊張感に晒されて、紬は一息入れたいと、人前に出られるだけの身支度とコーヒーを用意した。 「弁護士の件は動いてるから、送ってこられたデータだけは消さずに置いておけよ」  それだけ言って、塚山は通話を切った。 「塚山さんの弁護士が動いてるんですか」  通話を切ったところへ、淹れたてのコーヒーを差し出した。 「僕の番号を知ってるかもという時点で、動いてもらった。勿論、仙条の事も全て頼んであるよ」  美沙は度々、草悟の携帯を見ては会社関係者の番号をメモに取っていたらしい。それを知っていた草悟が、社長である塚山のところに身を寄せなかったのも頷ける。 「精神的な所が落ち着くまでは、離婚の話しもまともにできないだろうからね」 「でも、彼女から離婚届けを渡されたって」 「心神耗弱状態だったと言われれば、今回の分は成立しないよ」  事は、深刻な状態だ。 「こうなれば、確かに没交渉だった事が幸いしたかな」  草悟の携帯に自分の番号が残っていたとしても、おそらく学生時代のものだし、卒業して以来、互いに引っ越しを繰り返していたので、彼の就職先をも知らなかった紬は、勿論現住所も知らなかった。 「俺にも役に立てることがありそうだ」  身を隠す為の場所。温かいご飯。望まれるものは、出来る限り応えたい。 「紬くんが巻き込まれるような事にならないように、僕が動いているんだからね」  「忘れないで」と塚山にコーヒーのお礼にハグされていると、草悟と悟が返ってきた。 「また、そんなことしてるし」  ボソリと拗ねたように呟く草悟に、塚山は当然の権利だと主張する。 「これは紬くんへの報酬。コーヒーが美味しかったお礼なんだから、気にしない」 「じゃあ、俺もする」 「しなくてイイ」  そんな事をされたら、昨日から暴走気味の想いに収拾がつかなくなってしまう。  焦りから即座に答えた紬に、草悟はそれ以上言わず、眉を寄せただけだった。 「朝食には遅いけど何か作るよ。宜しければ、塚山さんもどうぞ」 「それは是非」  常備している出汁で溶いた、出汁巻き玉子と、鳥ガラスープの中華粥には賽の目微塵のニンジンと青梗菜。紬以外の既に起きていた人達には、ささ身の中華風サラダも加えた。 「まったく、紬くんは見事だよね」  感嘆の声を上げてくれる塚山の横で、草悟親子は一口ずつ自分が食べられる物なのかを確認しては、コクコクと頷いて、「美味い」と「まんまんま」を繰り返し、進んで食べ始める。 「食べられるものだけで良いよ。食べ終わったたら、二人とも片付け手伝って」  無言で頷く姿がそっくりで、紬は思わず吹き出してしまう。 「大変だと思うけど宜しく頼むよ、紬くん」  塚山の苦笑に、紬は素直に「はい」と返事をした。
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