― 温もりを きみに ―

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 正月を迎えるのに、せっかくなので御節を用意してみようと、一人で買い出しに出た。  美沙の事も考え、用心して草悟と悟は家で留守番をしてくれている。 「黒豆は食べてくれそうだけど、少し固めに炊かないと駄目かな」  草悟も悟も、歯応えのあるものを好む。薄味好みではないが、素材の味がしないものは嫌がり、自分の好みから少しでも外れたら、顔をしかめ口を尖らせて抗議を表す。それでも、大人になった草悟はぶつぶつと言いながらも何とか食べてくれるが、小さな悟に至っては、その一口で止めてしまうという、昔の草悟と同じ行動に出る難敵ぶりだ。  ただ最初の時のように、出した料理を前に怯えて泣き叫ぶことは無くなった。  食べ始めると上機嫌に「まんまんま」と繰り返す。その顔を見るだけで、紬は幸せな気持ちになれる。  重箱の中身を考えながら、一人ウキウキと食材を籠に入れていると、どこからか、視線を感じた。  くすぐったいというよりは、痛い感じ。  ふと顔を上げると、こちらを見ていた近所の主婦と目が合ってしまう。  その目は何かを探るような、不信そうな色に染まっている。  浮かれ気分が顔に出てしまい、それ程に不信を煽るような、にやけた表情をしてしまっていたのかと、紬は慌てて口元を引き締めた。 「やば。そんなに浮かれてるかな、俺」  互いにそそくさと視線を反らし、気まずい思いで買い物を続けるはめになった。  ほんのり、頬に朱が差している自覚はある。  紬は早々に買い物を済ませて家路を急いだ。 「ただいま」 「むぅ、かえりっ」  玄関を入ると、冷え切った風が止み、温かい空気と共に可愛い出迎えを受ける。 「ただいま、悟」  ガサガサと騒ぐビニール袋を足元に下ろすと、悟が「手伝う」と、それを持ち上げようとする。 「それは無理だと思うぞ」  言いながら奥から草悟も出迎えに出て来て、悟が引き摺るようにしていた袋を軽々と持ち上げ運んだ。 「とと、さとが、おてだい」 「有難う。でも今はまだ、頼んだ時だけな」  何でもしたがる年頃の悟を、少し褒め、少し諭す。 「じゃあ、悟には一段目の煮物作りを手伝ってもらうから」  二人に味を見てもらおう。その横で焼き物と、黒豆を煮て、数の子を漬けるのだ。 「うん、する。おてだい」  ニッコリと笑う幼い笑顔に、こちらもつられて微笑み、頭を撫でてやった。  その背後から近づいて来ていた影など、知る由もない。  近所の主婦が本当に見ていたものも。  こっそり、ダイレクトメールが数枚抜かれていた事も。  ここ数日、草悟が悟の保育園から、知らず後を追われていた事も。  自分達の周辺で、すでに起こりかけている事態に、紬も草悟も気付いてはいなかった。
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