― 闇へ ―

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 未だに警察は到着してはいないし、このままじゃ草悟にこの汚れた状態で寄りかかってしまう。美沙の言葉に従うわけではない。自分が嫌なのだ。  血みどろに濡れ、地べたに這いつくばったまま転がっていた自身は、全身が汚れきっているのだろう事しか想像がつかない。  こんなみっともない姿で、寄りかかりたくはない。  そう思って、一歩草悟から離れた時だった。 「紬、お前、動くな」  草悟のほうから手を差し伸べられた。  少し焦った顔で。こちらを真っ直ぐに見て。差し伸べられた手。  視界が揺れる。立っているのが辛い。 「紬っ」 「触らないでっ」 「むぅっっ」  優しい手は掴めずにグラリと体が傾ぐのと、三人が叫ぶのは同時で、「家族なんだなぁ」と紬は馬鹿な事を考える。 「警察です」 「子供の保護をっ」  紬の通報で事情を知った警察数人が、ようやく到着したらしい。 「動くな。その子供を放しなさいっ」 「嫌っ! 貴方が放しなさいよ! 返してよっ、その子は私の子よ!」 「大人しくしなさい。話しは署で聞くから」  抵抗する美沙の声は聞こえるが、霞む目にはその光景も、どやどやと駆けつける数人の警察官の姿すらも映らないのに、届く会話はドラマ染みていて、笑えてくる。 「救急車をお願いします」 「むぅ、むぅっ」  切羽詰まった草悟の声が自分の傍で聞こえる。悟の自分を呼ぶ声も。 「動かさないで」  何か温かいものが頬に触れ、柔らかく、優しく、撫でてくれる。 「紬……」  大きくて包み込むようなそれは、いつか、羨ましく見た光景のような温もり。 「負傷者一名、救急車を要請します。頭部から、大量の出血あり」  野太い声が自分の為に救急車を要請してくれている。 「あぁ、良かった……」  ざわつく気配の中、今度こそ安心して意識を手放せると、紬は安堵に微笑んだ。そして、 「ごめんな」  誰にともなく、そう呟いて闇の中に落ちて行った。
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