―聖夜の再会―

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―聖夜の再会―

 年の瀬も迫った、恋人達の為だけにあるような、ちらちらと粉雪の舞う聖なる夜。  ダイニングテーブルを挟み、差し出された腕へと、包むように抱き寄せられた福水(ふくみず)(つむぎ)は、不自然な体勢に唇から笑みを零した。 「さすが紬くんだね。綺麗な皿に仕上がっていた」  たとえそのハグの相手が恋人でなくても、温かいことに変わりはない。 「仕事ですから」 「だったら、報酬も奮発しないとね」  寄せ合った頬へと軽いキスをしながら笑う美丈夫を、紬は首を振って止めた。 「塚山さん、それ以上はダメ」  現在、調理師と管理栄養士の両方の資格を生かして、個人、学校問わず、登録されている場所へと、食事を配給する会社に勤める紬は、学生時代にバイトをしていたレストランBarで知り合った男、塚山篤のお抱えシェフとしても働いていた。  お抱えと言っても、月に数回、塚山が紬の料理を食べたい時にのみ呼び出され、その報酬は金銭ではなく、ハグで支払われる。 「もう、学生時代から何年もこんな関係なのに、相変わらず紬くんは固いね」 「だから、報酬は要らないって言ってるでしょう」  何度も言わせるなと溜息混じりの反論に、塚山は愉しそうに笑った。  社会人になって数年経つというのに、未だに学生に間違われ、“甘い顔立ちは万人向け”と、当時と変わらない評価を受ける紬に対し、数店舗の飲食店を抱える会社社長という肩書と、それだけでない風貌を備えた塚山は、美丈夫という言葉がしっくりとくる。  忙しさにほぼ毎晩外食を続けていた塚山へ、希望に合わせて和・洋・中・無国籍、何でも作るのはとても勉強になると、紬からご飯を作らせて欲しいと申し出たのは、まだバイトの身だった学生時代。  無償では申し訳ないと言い張る塚山に、失恋したばかりで人恋しさに誘われていた紬が、「美味しかったら、ハグをしてください」と言った当時の言葉を、今では、少し過剰気味に塚山は守ってくれている。  年は十ほど離れているらしいが、塚山との関係は、出会った職場の人間関係が少しフランクな所だっただけに、雇い主と言うよりは、年の離れた友人に近い。  毎回呼び出されるのは閉店後の塚山の店で、どの店にも調理場の奥には、忙しく働くスタッフが寛げるようにとの配慮から、ダイニングセットやソファーにローテーブルが置かれた、少し広めのワンフロアーが、休憩室代わりに設けられている。 「紬くん、もうさ、いっそ僕と付き合おう。愛しているよ」 「塚山さんの“愛してる”は、わたあめ並みに、軽いんですって」  あっさりと愛の告白をくれる塚山を、こちらもすっぱりと袖にする。 「その、つれなさ加減がまた、イイよね」 「俺の事は放って、諦めてください」 「バカな。聖夜に好きな子と一緒に居られるなんて運命、神様が祝福してくれているとしか思えないよ」  掴みにくい笑顔の男は、自分に都合の良い解釈を披露する。 「塚山さんの神様が、どんな神様か見てみたいものです」 「だから僕が今夜、天国に連れて行ってあげるって言ってるでしょ。そうしたら、僕のカミサマにも会えるよ」 「バカ言ってる」  そろそろ塚山も、甘い雰囲気に流れを持って行きかけている。  この状況も限界かもしれない。 「塚山さん、あの――」 「馬鹿でも、冗談でもないよ。愛してる」  紬の言葉を甘い囁きで遮った塚山に、口元を塞がれかけた瞬間、ガチャリとドアの音を立てた、場違いな真っ赤な服を着た男が目に入った。 「職場での公開セクハラは止めてください。社長」  赤い服を着た、腹のでかいサンタクロースが、呆れた顔でそこに立っていた。  それはもう何年も会っていない男。  ――不味い。  学生時代にたった一言で恋心を打ち砕き、自分の進むべき道を決定させた相手だった。 「草…悟……」  仙条(せんじょう)草悟(そうご)。それがこの男の名前。
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