― 代償 ―

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 言い含められるように諭され、更に涙が止まらなくなる。声もなく涙を流す紬の背中を、塚山はしばらくの間、優しく撫でていてくれた。  ようやく涙も治まり始めた頃、柔らかい笑顔で頭を撫でられ、強い力で引き起こされた。 「行くよ」 「え?」  そのまま塚山は傍に有った松葉杖を小脇に抱え、有無を言わさない強引さで、紬を支えたまま歩き出す。  半分引き摺られるようにして歩く紬に、一瞬だけ草悟が手を伸ばす。 「紬」  躊躇うように空を切ったその手は、紬に辿りつく事なく下ろされた。  先程の確かな熱が嘘だったように、草悟は何も言わずに紬を見送っている。抱きしめられた熱は今も、全身を満たしているのに。  三人の間に微妙に張られた鋭い糸は、塚山が無言で締めた、重たいドアによって断ち切られた。 「紬くん。暫くの間、うちにおいで」 「でも、俺、もう……」  料理が出来ないと続けようとした唇に、塚山の人差し指を当てられる。 「僕にとっての君の存在意義はね、料理だけじゃないんだよ」  真っ直ぐに見つめられ、先程見た塚山の、自分を想ってくれている本気さを思い出す。 「俺、塚山さんとは」 「そんなの、知ってるよ」  苦笑されながら簡単に頷く塚山に、客用駐車場に止まっている彼に似合いの黒色のクラウンへとエスコートされ、紬は助手席に納まる。 「塚山さん」 「それでもね、君の助けにはなりたいんだ」  ようやく何時ものように微笑んでくれた塚山に、拒否は許さないと、柔らかく鼻先を摘ままれる。 「だから、もう暫くの間、仙条達にこの部屋貸してやってね」  紬は彼の想いに応えられない。それなのに、こちらの恋を見守って、ご飯も作れない自分を傍で支えてくれる大人の塚山に、紬は感謝しか伝えられない。 「ごめんなさい」 「ごめんなさいは、聞きたくないな。僕は君の幸せそうな笑顔が見たいんだ」  だから笑っておいでと、塚山は微笑んだ。  そして、あれだけ叱責した以上、少しの間は互いに顔を合わせずらいから、仙条を家に呼ぶよりは紬を招く方が得策なのだと、バツが悪そうに肩を竦めておどけて見せた。 「うちのお手伝いを紬くん家に派遣するから、家事は放っておいても大丈夫だよ」  悪戯っ子のように笑う塚山に、紬は「暫くの間、お世話になります」と頭を下げた。
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