― 好きを詰め込んで ―

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「なんだか、お弁当が羨ましくなっちゃったから、僕にも詰めて」 「塚山さんには、お手伝いさんに作ってもらったご飯があるんですよ」 「両方食べるよ」  本当に子供のような顔でせがむ塚山に押し切られ、さらにお弁当を詰めることになった。 「俺はそんなに食べられないんだけどな」  合計三つに増えたお弁当を見つめ、難しい顔をする。 「何言ってんの、もう一つも届けるんだよ」 「どこに」 「悟くんの、ととに」  塚山は心底楽しそうに、二つのお弁当を包み始めた。 「ちょ、待って塚山さん」 「待ちません。じゃ、行ってきます」  颯爽と片手を上げて、塚山はキッチンを素早く出ていってしまう。 「くっそう、俺の足が本調子じゃないところを突きやがった」  数日前にギブスが取れたばかりの脚は、あまり急激な無理が効かない。 「まったく」  上手く塚山に乗せられたと、悔しく思いながら、キッチンを見渡す。  汚れた食器に、使ったフライパン。菜箸にブロッコリーを水切りした笊。  何だか不思議と、すがすがしい気分になっている自分に気付く。  味覚が完全に戻らなくても、良いのかも知れない。  食べて欲しい人の為に、料理をする。それで良いのかもしれない。  「美味いな」そう言う草悟の笑顔が、ふわっと浮かぶ。  鼓動がトクンと跳ねた。  食べる事は生きる事。存在すること。彼が存在することに、自分は必要である。  そんな馬鹿な事はもう思わないし、自分にはそれしかないなんてのも、もう考えないけれど、その手伝いが出来る人間が要るなら、自分がしたい。  二人の傍に居たい。  草悟の傍に居たい。 「好きっていったら、驚くかな」  片付け最後のフライパンを水切りに置き、思わず呟いた。 「喜ぶよ」  自分一人だと思っていたら、塚山が帰ってきていた。 「まったく、大人達は何をしているんだろうね。悟くんの方がよっぽど行動力がある」  悟が主張したのはそうかもしれないが、行動したのは園の保育士だ。 「塚山さんに、お話しがあります」 「きっと、悲しくて泣いちゃうね」  さっきの呟きは自分に向けられたものでなく、紬の心の中も決まったのだと、塚山は確信しているようだった。 「今まで、大変お世話になりました」  深く頭を下げる紬に、塚山は優しく微笑んだ。 「それは駄目。これからも紬くんは僕のお抱えシェフなんだから」  先回りした、宣言と要求。 「それなら、ハグはなしでお願いします」 「じゃあ、報酬はどうするの」 「報酬はなしで。研修だと思って頑張りますよ」 「それじゃ、僕が淋しい」  そこへ再び、紬のスマホが着信を知らせてくる。  画面を見ただけで、紬の鼓動は跳ね上がり、指先が震えた。 「出て良いよ」  塚山が物分かりの良い顔で頷く。 「すいません」  塚山に向けたその一言ですら、動揺が隠せず震えた音になる。 「もしもし、草悟」  実に一週間ぶり。 『紬、弁当、サンキュ。美味かった』  その「美味かった」が聞けたのは、さらに一ヶ月ぶり。  電話の向こうの草悟は、今どんな顔をして言ったんだろう。ちゃんと、本当に美味しく出来ていただろうか。  ――笑顔だったらいいな。 『やっぱり、紬の味、好きだ』 「え?」  笑みを含んだ愛おしい声に、紬の想いが揺れた。 『優しくて、温かい、お前の味』 「あ……」  きゅっと、不安ごと抱きすくめられた、あの時の草悟の温かさが全身に蘇る。  切なく熱くなる想いを、どうしたら押さえられるのだろう。
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