― 幸せの味 ―

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「考えれば考えるほど、お前が作る料理の味しか思い出さなくて、塚山さんに連絡した」 「仙条はやっぱり、ずるいよね。僕の方が、きっと紬くんの事知ってるよ」  草悟が、自分の事を知りたいと思ってくれていた。そのことが、こんなにも嬉しい。 「悟の事はマジで悪かった。お前が味を失ったのは、俺のせいだな。追い詰めてゴメン」  もう言葉もなく、紬は首を横に振るばかりだ。 「紬が血まみれで倒れた時、本気で心臓が止まりかけた。お前の温もりが抜けて行ったら終わりな気がして、警察に怒られても、ずっとお前に触れてた」  あの時感じた温もりは、包むような優しさは、やっぱり草悟だった。  傍に居てくれて、有難う。 「ずっと考えたけど、やっぱり思い出さなくて、コレしか思いつかなかったんだ」  紬の前に置かれた皿には、キノコとほうれん草のスパゲッティナポリタン。 「草……」 「傍に居たのにな、俺」  照れた笑顔で草悟は言う。 「紬の優しさも、強さも、知らなかった。それを見せない紬を、好きになった」  一日遅れの返事が、こんなに幸せなものだとは、思いもしなかった。 「放したくないほど愛おしいと思ったんだ」  「本当に」と付け加えられて、心の芯の辺りが熱くなる。  口に含んだそれは、確かに自分の作ったものと味は違う。野菜ブイヨンのコクは足らないし、水分の飛んでいないケチャップは、少し水っぽい。それでも、愛おしい味がする。 「美味しい」  気がつけば、みっともなくぼろぼろと泣いてしまった紬の膝に、幼い悟の小さな掌が置かれていた。 「むぅ、たいの?」 「痛くないよ」  そう言ったのに、止まらない涙が悟の顔を曇らせる。 「むぅ、たいの、たいの、とんだけ」  覚束ない優しい言葉に、思わず吹き出した。 「ありがとう、悟。飛んで行ったよ」  紬が笑ったことで、すんなり悟も納得したようで、再びおもちゃで遊び始めた。 「ちょっと、紬くんが血みどろとか、聞いてないんだけど」  今まで大人しく成り行きを見守っていた塚山が、一気に吠え始めた。 「塚山さん、今さら蒸し返さないでくださいよ」 「はっきりしない仙条なんてやめて、やっぱり、僕にしておいた方が良いと思うよ、紬くん」  無言で草悟のパスタを食べる紬の腕を、ねえ、と揺さぶってくる。 「これ以後、塚山さんと二人っきりになるの禁止な、紬」 「急に独占欲丸出しだよ。まったく、紬くん、今の内だよ。僕にしておきなさい」 「塚山さんに食事を作るのは勉強になるから、止める気ないんだけど。そうだな、どうせなら、みんなで食べた方が愉しいかな」 「僕は、紬くんと二人っきりのほうが愉しいんだよ」 「さ、片付けて、塚山さんにも何か、作りましょうか」  明るい光の中、紬は取り戻した全てで、幸せな時間を作ることにした。  小さな子供は夢の中。  それでも敏い子に気付かれないように。 「ふ……ぅ」 「声、抑えられそうか」  吐息に近い声は、首筋に当たれば、甘い愛撫にしかならない。 「ん」  自身のベッドの上で、憧れ続けた男に組み敷かれるなんて幸福を、誰が予想していただろう。  熱い唇を重ねながら、微かに漏れる艶やかな喘ぎでさえ、それに奪われる。  全身に草悟の掌が這いまわる。手前のすでに兆している屹立を撫でられ、更にその奥へ。 「い、草悟。それ以上は」  止めようと紬は首を振った。 「何で? 紬、初めてか」  デリケートな質問をデリカシーもなく口にする男に、紬は目眩を覚える。 「違うけど、草悟、のが、嫌かなって」  体内では煽られた熱が出口を求めて、うねっている。 「あのさ、紬。俺もお前のことが好きだって、ちゃんと言ったぞ」  なんで、そこでそんなに遠慮するんだと、草悟は仕方なさそうに微笑み、その大きな手で頬を撫でてくれた。そのまま、彼の人差し指と中指を口に咥えさせられる。 「初めてじゃないなら、どこがイイのか教えろ」  たった今までの甘さは、あっと言う間に消え、再び下肢へともう片方の腕が伸びていく。
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