―聖夜の再会―

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 大きな腹に手を当てて、プレゼントが入っているようには見えない、大きな旅行トランクを引きながら、ゆっくりと部屋に入ってくるサンタクロースの姿に、紬は凍りつく。  掠れた呟きは、間近で囁いていた塚山にさえ届かない、吐息に近いものだった。それでも、サンタはこちらへと顔を上げ、一瞬、驚きに瞳を黒くした後、何もかもを置き去りにしたような笑顔で片手を挙げた。 「よお、紬。久しぶり」  実際に会ったのは数年ぶり。なのに、この何の感慨もない挨拶と態度。毎日会っていた学生時代と、何一つ変わらない。  ちょっと、待ってくれ。こんなあっさりと再会をして、挙句にこんなに昔通りの態度でサラリと数年の時間を埋められてしまっては、自分の感情が追いつかない。  困惑と、増すばかりの再会の喜びに、紬の思考回路が悲鳴を上げかけている。 「それ、何のイベント?」  紬から体を離した塚山が、腕組みしたままの気怠げな仕草で草悟を見遣る。その瞳には、二人の時間を邪魔された不機嫌さが色濃く滲み、完全に相手を威嚇していた。 「マイホームパパのサンタって、独り身の僕達に対する嫌がらせイベントだよね」  基本、他人に攻撃的な物言いをしない塚山が、珍しく怒りを露にしている。 「パパサンタは家でやってくれないかな」  塚山は先程から知った風な口ぶりで、草悟の事をパパと言う。その耳に響く単語が、彼の既婚を紬に知らせていた。  そう言えば卒業後、学生時代の知人からそんな噂を聞いたような気もするが、草悟の事を忘れたかった紬は、あまり耳には入れないようにしていたのだった。 「上司と恋人の時間を邪魔するなんて、仙条は何を考えているのかな?」 「社長、恋人との甘い夜は、御自身のプライベートスペースでどうぞ」  苛立ちをぶつけられた草悟は、それでも受け流すような笑顔を湛えたまま、淡々と塚山に意見する。  その姿は華やかだった過去と変わらず、ただ顔立ちだけが少し骨っぽさを感じさせる、しっかりとした大人の男の顔をしていた。 「待って、誰と誰が恋人?」  慌てて当然の質問を投げかける口を挟むと、ニ対の視線がこちらを責めた。 「僕と紬くんでしょ」  草悟とは反対に、それに応える塚山にいつもの笑顔は全くない。  学生時代から引き摺っている紬の恋を知っている塚山には、先程からの目に余るオロオロとした動揺ぶりで、目の前の男こそがその相手なのだとバレてしまったらしい。 「そんな関係になった覚えはないですよ」  いくら過去の恋だとはいえ、塚山との関係を誤解されたくはない。ただでさえ先程から、草悟の笑顔に細くなる瞳の奥は暗く、紬の事を良くは思っていないらしい雰囲気が、ひしひしと伝わってくるのだから。 「何? 仙条は同性愛が気持ち悪い人種なの」 「いいえ」  能面のような笑顔に、冷たい視線と冷ややかな声の応酬は、相手を理解する為の意味を含まず、ただ突き放すだけの言葉の遣り取りになっている。二人の間で感情が壁となり、意思の疎通が上手くいっていない。 「俺、席外そうか?」  二人を等分に見遣り、多分、今の状況は自分の存在のせいなのだろうと暗に告げる。 「何、言ってるの。後から押し掛けた仙条が席を外すのが筋でしょ」  一歩も譲る気のない塚山に、とうとう草悟が溜息を吐きながら折れた。 「はいはい。説明しますよ」 「早めにそうしてくれれば、紬くんに気を使わせなくて良かったと思うのだけど」 「最初に突っかかって来たのは、貴方でしょう」  投げ遣りな草悟の言葉を、塚山は苦笑で受け止めるだけで、今度は咎めなかった。  サンタクロースの真っ赤な衣装がやけに陽気で、逆に淡々とした草悟の表情とは、アンバランスな緊張感を部屋に広げていく。 「パパサンタを披露する直前に、俺達、嫁に追い出されました」  悲愴感もなく、まさに業務連絡の如く、草悟は塚山に報告した。 「は?」  驚きを通り越し、呆気に取られた塚山が、真顔で聞き返す。 「俺達って……」 「息子(さとる)は、ここ」 「え?」  草悟は悪戯を企む子供のような顔で嗤うと、サンタ服の前ボタンを、ぶちぶちと外し始める。
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