― エピローグ ー

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 朝は、毎日が戦いになった。  起き抜けに始まる洗濯に、自分の出勤仕度。  そして何よりの激戦が、草悟と悟の飯作り。 「ほら悟、レタス残すな。全部食えよ」  ダイニングテーブルで、朝食に用意したサラダのレタスを除けている悟に目を配りながら作る弁当は、栄養も量も色どりも、全てを考えて完璧な状態に詰められた、大きいサイズの二つに、幼児用弁当一つ。 「イヤだ。キライ」  悟は数ヶ月でハッキリ言える言葉も増え、今では、紬との意思疎通もしっかり出来るようになってきた。 「食べ物残すなんて、罰当たりだぞ」 「キライ言ったもん。むぅのが、ダメ。ととのお皿、レタス、マト、キュウちゃん、あるよ」  敵は小さい子供だけに留まらない。 「草悟、いい加減、子供の前で好き嫌いするなよ」 「俺が嫌いな物ばかり入れる、紬が悪いんだろが」 「三歳児と全く同じ反論か」  先程から不貞腐れ気味な文句を垂れている悟に、息子以上に好き嫌いの激しい、図体ばかりが大人な草悟。  この親子が、紬の古ぼけたマンションに転がり込んで来て半年ほどたった。 「俺は生野菜食ったら体が冷えるんだよ」  もっともらしい事を言いながら、野菜を皿の隅に寄せる草悟に呆れてしまう。この父親には昨今言われ始めた、食育なんて言葉は必要ないらしい。 「じゃあ、これから草悟の」 「全部、温野菜になんてするなよ」  代替え案を発しようとした側から、食い気味の拒否。  ブツブツと、「トマトなんて火を通された日にゃ、食えたもんじゃねぇ」などと半分怒りながら、当然生でも食えない野菜を皿ごと流しへと運んで来る。 「ケチャップだって、トマトだろ」 「あれはソース。一緒にするな」  ソースになっている分には構わないのだとの反論に、紬は溜息を吐き、諦めの表情を見せた。 「おい、捨てるなよ。勿体ない」  自分の嫌いな生野菜を、さっさと抹殺するが如く、流しの三角コーナーに入れようとする草悟にストップをかけると、「じゃあ、どうすんだよ」と無言の不機嫌な問い掛けが、彼の瞳から発せられた。 「俺の体は、二人の残飯で出来てんだよ」  二人交互に顔を見遣ると、そっくりな親子は眉を寄せ、少し申し訳ないという表情をしながらも、それでも食べないのだという意思をその目に宿し、紬の前へ皿を置く。 「ったく、毎朝これだもんな」  紬は決まって、自分の朝食は作らない。  二人が必ずと言っていいほど、毎朝何らかの食べ残しをするからだ。 「草悟、支度。遅れるぞ」  草悟を促しながら、残った二人分の野菜を、立ち食いで一気に掻き込んでいると、彼がネクタイを結びながら台所に戻って来た。 「紬、昨日は悪かった」  普段、残飯を大量に出されるよりは、気持ち良く食べてもらいたいと思っている紬は、極力、二人の好みに合わせた食事を作る。そんな紬が、朝から大嫌いな生野菜を大量に出したのは、どうやら自分に落ち度があるらしいと、草悟は気付いたようだ。 「何が悪いか分かってんのか」  当然の質問に、草悟はグッと押し黙る。  まったく、理由も分からないで謝りに来やがったと、紬は再び重い溜息を吐いた。 「分からないなら、謝る意味が無いだろ」  草悟に背を向け、食べ終えた皿をさっさと洗い、冷ましていた弁当の蓋を閉めていく。  そこでようやく草悟は気付いたように、紬の背中にそっと抱きついて、後ろから項に口付けた。  突然、色仕掛けでの懐柔を試みられ、普段は何とか押さえこんでいる想いが、暴走しかける。 「つっ――」  『欲しい』と一言、口から零れてしまいそうになり、慌てて口を塞いだ。  ――それは、クる……が。 「ソレじゃない」  ゾワリと背中を這い上がる快感を遣り過ごす為に、頭を勢いよく後ろへ倒し、セクハラ紛いに項を舐めている恋人へゴツリと頭突きをくらわせた。
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