365人が本棚に入れています
本棚に追加
会う度に愛を囁く塚山を見習いたいものだ。
もう少し、自分に素直になれたら。
濃密な夜を過ごすようになり、時々、日中も仕掛けるように触れてくる草悟の温度が、再び紬を中毒にしているような気がする。
「痛っ」
朝から子供が居るのもお構いなしで、盛るわけにはいかないと自分を叱咤して、ともすれば流されてしまいそうな熱を遠ざけた。
「昨日、デキなかった事に怒ってんじゃねえのかよ」
「違うって言ってるだろっ」
草悟の人でなし発言に眉を寄せながら、投げ遣りに包み終わった弁当を渡す。
「じゃあ、どれだよ」
「ととのおベント、きれいね」
何時からそこに居たのか、悟が通園用リュックを背負い、良い大人の男二人がくっ付いている背後に立って見上げていた。
「それが、どうした」
敏い息子は、どうやら紬の不興を買った父の行動に気付いているようだ。
「好きなの、好き。キライなの、キライで良いって、むぅ言ってた」
その言葉に草悟は目を見張り、こちらを振り向いた。
過去に不味いと言われた一言で、互いの距離は数年もの間、遠ざかった。
それは紬が当時から草悟に想いを寄せている事に気付いた美沙が、草悟に配膳される直前に、膨大な塩や砂糖を隠し入れたせいだったと、入院している美沙から最近になって手紙が来た。
当時の草悟も、紬がそんな事をするはずがないと認識はしていたが、誰の行為か分からない状態では、紬と草悟どちらへの嫌がらせなのかが判断つかず、結局、紬の傍から離れる事しか出来なかったと言ったと。離れる事で、確かにその行為は止んだ。だからこそ、紬の傍には戻れないと思ったと美沙に話していたと、彼女のした事、当時の草悟の思いも含められた自分宛の手紙を、紬は二人で読んだ。
今でも、草悟と悟は美沙に会えない状態が続いている。もう少し落ち着き、悟が自分から会いたいと言えば、会わすつもりがあると優しく笑った草悟を、紬はやはり好きだと思った。
苦い過去も含めて、自分を思ってくれていたと知った今は尚更、愛おしいと思う。
悟の頭を撫でてやりながら、草悟の腕の中から擦り抜け向き直る。
「昨日の弁当、誰かに全部食わせたんだろ」
「えぇ~、きのうは、さと、おイモだけぇ」
偉そうに胸を張る悟に、今度はコツリと軽い拳骨を落として黙らせる。
「草悟の食えそうなの入れてなかったか」
草悟は普段、自分の弁当箱を職場で洗う事はしない。即ち、草悟ではない誰かが弁当を完食し、義理堅くも、綺麗に洗って返してくれた事を意味していた。
「弁当が要らないなら、要らないと言えば良いのに」
「あの人が勝手に食ってやがったんだって」
ボソリと呟かれた言葉に、草悟を仰ぎ見た。
「何?」
「塚山さん。あれは絶対、紬を取られた仕返しだ」
優しい大人の悪戯を暴露し、口を尖らせる拗ねた物言いに思わず苦笑が漏れた。
「そう思うなら、早くお似合いの人探してあげれば」
「そうだよね」
唸るような草悟の声と紬の提案に、朝の爽やかさを含んだ声で答えたのは、ここに居るはずのない当の本人だった。
「塚山さんっ?」
「まったく物騒だね。また鍵が開いてたよ」
いつの日からか、塚山は突然家に来ては、平和な日常を少しだけ掻き混ぜていく。
「甘いジャムも、掻き混ぜて冷まさないと焦げ付くよ」とは、ふふっと笑んだ塚山の言葉。
どこまでも冷めない熱に浸され、紬は再び囚われる。
――もう一度、好きになったんだ。
その腕で大事そうに抱えた宝物を守る、サンタクロースに惹かれた。
聖夜の神様。
酸っぱい葡萄はやっぱり酸っぱかったので、甘いジャムにして食べることにしました。
最初のコメントを投稿しよう!