― エピローグ ー

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 会う度に愛を囁く塚山を見習いたいものだ。  もう少し、自分に素直になれたら。  濃密な夜を過ごすようになり、時々、日中も仕掛けるように触れてくる草悟の温度が、再び紬を中毒にしているような気がする。 「痛っ」  朝から子供が居るのもお構いなしで、盛るわけにはいかないと自分を叱咤して、ともすれば流されてしまいそうな熱を遠ざけた。 「昨日、デキなかった事に怒ってんじゃねえのかよ」 「違うって言ってるだろっ」  草悟の人でなし発言に眉を寄せながら、投げ遣りに包み終わった弁当を渡す。 「じゃあ、どれだよ」 「ととのおベント、きれいね」  何時からそこに居たのか、悟が通園用リュックを背負い、良い大人の男二人がくっ付いている背後に立って見上げていた。 「それが、どうした」  敏い息子は、どうやら紬の不興を買った父の行動に気付いているようだ。 「好きなの、好き。キライなの、キライで良いって、むぅ言ってた」  その言葉に草悟は目を見張り、こちらを振り向いた。  過去に不味いと言われた一言で、互いの距離は数年もの間、遠ざかった。  それは紬が当時から草悟に想いを寄せている事に気付いた美沙が、草悟に配膳される直前に、膨大な塩や砂糖を隠し入れたせいだったと、入院している美沙から最近になって手紙が来た。  当時の草悟も、紬がそんな事をするはずがないと認識はしていたが、誰の行為か分からない状態では、紬と草悟どちらへの嫌がらせなのかが判断つかず、結局、紬の傍から離れる事しか出来なかったと言ったと。離れる事で、確かにその行為は止んだ。だからこそ、紬の傍には戻れないと思ったと美沙に話していたと、彼女のした事、当時の草悟の思いも含められた自分宛の手紙を、紬は二人で読んだ。  今でも、草悟と悟は美沙に会えない状態が続いている。もう少し落ち着き、悟が自分から会いたいと言えば、会わすつもりがあると優しく笑った草悟を、紬はやはり好きだと思った。  苦い過去も含めて、自分を思ってくれていたと知った今は尚更、愛おしいと思う。  悟の頭を撫でてやりながら、草悟の腕の中から擦り抜け向き直る。 「昨日の弁当、誰かに全部食わせたんだろ」 「えぇ~、きのうは、さと、おイモだけぇ」  偉そうに胸を張る悟に、今度はコツリと軽い拳骨を落として黙らせる。 「草悟の食えそうなの入れてなかったか」  草悟は普段、自分の弁当箱を職場で洗う事はしない。即ち、草悟ではない誰かが弁当を完食し、義理堅くも、綺麗に洗って返してくれた事を意味していた。 「弁当が要らないなら、要らないと言えば良いのに」 「あの人が勝手に食ってやがったんだって」  ボソリと呟かれた言葉に、草悟を仰ぎ見た。 「何?」 「塚山さん。あれは絶対、紬を取られた仕返しだ」  優しい大人の悪戯を暴露し、口を尖らせる拗ねた物言いに思わず苦笑が漏れた。 「そう思うなら、早くお似合いの人探してあげれば」 「そうだよね」  唸るような草悟の声と紬の提案に、朝の爽やかさを含んだ声で答えたのは、ここに居るはずのない当の本人だった。 「塚山さんっ?」 「まったく物騒だね。また鍵が開いてたよ」  いつの日からか、塚山は突然家に来ては、平和な日常を少しだけ掻き混ぜていく。 「甘いジャムも、掻き混ぜて冷まさないと焦げ付くよ」とは、ふふっと笑んだ塚山の言葉。  どこまでも冷めない熱に浸され、紬は再び囚われる。 ――もう一度、好きになったんだ。  その腕で大事そうに抱えた宝物を守る、サンタクロースに惹かれた。  聖夜の神様。  酸っぱい葡萄はやっぱり酸っぱかったので、甘いジャムにして食べることにしました。
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