甘く包まれる夜に ―君を、好きになりました。<番外編>―

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「むぅは、あまい」 「――え――?」  突然の悟の言葉に紬は混乱する。 「サト、あまいのすき。とともあまいのすき」 「さ、悟? どうしたの」  一年前よりも断然に言葉もしっかりしてきて、普段なら意思の疎通も問題なくできるのに、今の悟が言っている事が分からない。  混乱している紬を今だ腕に抱いていた草悟が、ふわりと笑った。 「お前は本当に、ととの子な」 「草悟?」  苦しい体制のまま、背後の草悟を顔だけで振り向いた。  その瞬間、コクっと吐き出す息が止まる。  真っ直ぐで、大好きで、放したくない男の瞳の中に、自分の姿だけが映っていた。  一瞬で頬が上気したのが分かるのに、自分では止められない。 「ほら、その顔が“甘い”って言われてるんだ」  「その顔」がどの顔なのかなんて分からない。ただ、今の自分の瞳には草悟しか映らない。 「好きなものを好きって言ってる時の、幸せそうな、甘く蕩ける顔」  耳元に直接囁かれた言葉に、もう顔が上げられなかった。 「悟、紬はととの恋人だから、お前は自分の甘い子を探せな」  何の誤魔化しもない言葉に、体が凍った。 「なに、どさくさに紛れて、子供にカミングアウトしてんだよっ」  真っ赤な顔を言葉通り、一気に青くしてもがくが、強い腕は一向に放してくれない。 「コイツは名前の通りな子に育ってくれてるから、誤魔化さない事に決めた」 「な……」  紬は言葉も無く、パクパクと魚の様になるしかなかった。 「なぁ悟、紬は誰と一緒に居る時が一番可愛い?」 「むぅと、ととは、いっしょが、いちばんあまい」 「だろ?」  胸を張ってバカな質問をする父に、悟までウンウンと頷き始めて、親子で奇妙な意思疎通が始まった。 「いや、もう、良いから。草悟、悟を寝かせて。悟、寝ような」  緩んだ腕の中からスルリと抜け出そうとした瞬間、紬を抱えた草悟がそのまま悟の隣へと転がった。 「ばっ! 何やってっっ」  紬の下敷きになっている男は、それでも笑いながら、スルリと頬を撫でてきた。そして次に、隣の小さな額を撫でて笑顔に変える。  そうして自分が何より幸せそうに微笑むと、そっと二人の頬にキスをくれる。 「今日はみんなで“甘い”な」 「とと」  ちゃんと、悟の寂しいにも気付いている。だからこそ、敏感な悟が草悟へは遠慮も無く甘えるのだ。 「良いよ、来い」  悟は上掛けごと草悟の腕へと乗り上げると、その胸元で小さく蹲る様に眠り始めた。  そんな二人の様子をじっと見つめていると、草悟が視線を向けてきた。 「来年は、二人の部屋を作ろう」 「え?」 「紬が手に入れた大切なこの部屋でも、二人で家を建てても良い。ただ紬が一番いい場所で、俺たちの二人の部屋を作って、悟にとっても優しい空間であれば、俺はどこでも良い」  学生時代、眩し過ぎるほど輝いていた優しい恋人は、どこまでも真っ直ぐに光指す未来を見ていた。 「ずっと、悟が分かる様になってから。悟に話してからと決めてたんだ。案外、小さな子供でも分かる。いや、小さいからこそ感じるんだろ。さすがに“甘い”にはビビったけどな」  苦笑しながらも、しっかりと成長していく我が子に、誇らしげな笑みを向ける。 「さっきみたいに言われちまうと、紬が好きだって事を、子供だからって理由では誤魔化せない」  真っ直ぐに告げられる想いに、愛おしさが溢れて止まらない。 「草悟、好きだ」  紬は、寝落ちかけている悟を気遣いながらも、そっと草悟の頬へと唇を寄せた。
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