―聖夜の再会―

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 真っ赤な服を来た腹のでかいサンタは、大量のプレゼントではなく、最大の荷物を運んで来ていた。  外気に触れないよう、少しだけ開かれた服の下には、抱っこ紐で括られた子供が、安らかな寝息を立てている。 「悟、寝ちまったな。挨拶させようと思ったのに」  自身の胸元の幼子を覗き込みながら、草悟は父親の顔で微笑んだ。  その見守るような優しい笑顔は、自分にも向けられていた時がある。 「嫁に追い出されて行く当てがないので、今晩はここを使用する許可を願います」 「ばっ、草悟」  よりによって寝ている子を起こす勢いの声で、「追い出された」と言い放った草悟の口元を慌てて塞ぐ。  ただ、彼の口元に触れる。  それだけの事に、自分の神経が凍ったように固まった。 「悟は俺の声じゃ起きねぇよ」  草悟は口元を押さえて動けなくなっていた紬の手をやんわりと掴み剥がすと、見惚れるほど綺麗に、包むような柔らかさで微笑んだ。その先にあるのが自分ではなく、息子の寝顔であることにまで嫉妬してしまいそうな優しい微笑。  過去だと思っていた想いが、簡単に今の想いにすり替わり、急速に熱を持ち始めた。  トクトクと脈打ち出す鼓動に、握られた手首の熱が全身に広がり煽られる。  草悟の小さな表情、ふとした仕草に、消化出来ていなかった想いが反応する。  先程の塚山の声が、脳内で響く。  ――聖夜に好きな子と一緒に居られるなんて運命、神様が祝福してくれているとしか思えないよ。  何が。どの力が。どう働いて、目の前の男は自分の前に再び存在するのか。 「追い出されたって事は、家に戻れないって事だろう。だったら、一応、僕の家に来れば良いよ」  塚山は諦めたような笑いを浮かべ、草悟に提案した。 「部下の一大事だもの。上司が何か出来るならしないとね」  などと上司の鑑のような事を言っているが、それは、この場に存在するだけで、それ以上は全く関係のない紬には言えない言葉だった。  しかし草悟は塚山の提案に、諾と言いにくそうな顔をする。 「どうした?」  言い淀む草悟にそう切り出した紬に、草悟は無言で自身のスマホを操作し、着信画面を表示させ二人に差し出す。 「見て良いのか」  塚山の問い掛けに頷く草悟の顔は、微かに緊張を孕んでいた。「失礼」と彼のスマホを覗き込んだそこには、びっしりと、『美沙』の名前が連なっている。 「うっわ、三分もしないうち」  と言った傍から、携帯が震え出す。  着信相手は『美沙』。  紬はその名前に覚えがあった。たしか同じゼミに在籍し、ゼミ合宿で自分と草悟の距離が離れてしまったあの一件以降、彼の恋人になった(ひと)。 「もう、切るから」  無表情のまま着信を無視し、草悟はスマホの電源を落とした。 「着拒にしないのか」 「出来ないんだよ。緊急事態を考えるとな。一応、まだ、妻だから。戸籍上は」  何でも無い事のように言う草悟に対し、“妻”という響きに、紬の体がギクリと固まる。 「今、美沙は少し落ち着かない状態なんだ。社長である塚山さんに迷惑がかかるのは、時間の問題かもしれません」  そう言って草悟は、塚山に「申し訳ありません」と深く頭を下げた。  育児ノイローゼから不安定になった美沙は、今では周りの言葉が全て敵に聞こえるようになっているという。何を言っても駄目で、何を言わなくても自己嫌悪に陥って、そんな自分に追い込んだと、息子の悟に当たり散らす状態だと。  そして自分が追い出したにも関わらず、行く当てのない怒りをぶつけられなくなった彼女は、この数時間、幼い悟と幼子を守る草悟を探しまわっているらしい。  空気が孕む緊張感に、草悟の胸に抱かれている悟が(無ずか)りはじめる。 「ふぇ……」 「起きたのか。もう大丈夫だから、泣くな」  草悟はぐずぐずと泣き啜る悟をあやしながら赤い服を脱ぎ、抱っこ紐を解くと、肩口辺りまで揺すり上げ、緩やかに背中を撫で摩る。
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