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―プロローグ―
――不味い。
たった一口で彼はフォークを置いた。
偏食家の彼の口に合う食事を作れるのは、自分だけだと思っていた。
ただその矜持だけで、紬はゼミ合宿での食事当番を請け負った。
皆が笑顔で『美味い』と言ってくれる中、彼、草悟だけが、普段からは想像もつかないほど深く眉間に皺を刻み、紬に苦味を含んだ一瞥をくれると、静かにその場を去った。
華やかで、何時も人に囲まれている彼が、自分の食事を食べている時だけは彼の傍に居る事が出来た。
気が付けば、草悟と紬はいつも傍に居た。
きっかけは、大の偏食家である草悟に飯を作って食べさせた事だった様に記憶する。
そして、
「食べる事は、生きる事。だから、好きに食べれば、楽しく食べられれば、それが一番良いと思うんだ」
その時言った、自分の言葉。
歴代の彼女でさえ手に負えず、時に別れの原因になった草悟の偏食。そんな彼の口に合う食事を、唯一作り続けたのが紬だった。嫌いな食べ物も、嫌いな味も食感も多い。少しでも感じ取ってしまうと、最後まで食べられなくなる草悟に、周囲は、成長しきれない子供かと、稚気を残す我儘だと言った。そんな、ある意味、常に責められ続けた彼に言った自分の言葉をきっかけに、二人は一緒に居るようになった。
学生生活とレストランのバイト時間を遣り繰りしながら、時間を出来るだけ作り、草悟の為に食事を作った。
「お前の、メシが無いと俺は生きていけない」
そうまで言われた時の気持ちを、何と言えば良いのだろう。「天にも昇る」そんな言葉では表しきれない感情が湧き上がった。そう自覚した時には、好きだったのだと思う。
自分からは離れられない。けれど、彼も自分からは離れられない。
だからこそ、ゼミ合宿の食事当番を依頼された時は快諾した。
なのに。
彼はそれ以降、一口も食べてくれずに紬の傍から離れて行った。
一方的な片想いは、そのたった一口で、終わりを告げたのだった。
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