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招かれざる王
城に入り、廊下を進む。中庭を過ぎ、王の間の扉を開く。やはり、マリはそこにいた。
「窓を閉めることないのに。暗いじゃない」
真っ暗になった王の間をエリは進む。玉座には自分と同じ姿の妹、マリが膝を抱えて座っていた。
「風がうるさいのよ」
マリが言った。エリの目が暗闇に慣れてくる。玉座のそばには灰色の騎士が立っていた。
「ねぇ、驚いたでしょ? 自分の画が他人のものになって、それが賞を獲ったのよ」
マリが顔を上げた。深い影が表情を隠している。
「他人じゃないわ」
「他人よ。だってあたしたちに、同じところなんて何もないじゃない。あたしはダメで、エリは優秀。あ、違った。今回はあたしがよくて、エリがダメなのか」
あはは、と乾いた声でマリが笑う。
「ここへ来たってことは、マリもついたんでしょ? 『ためいき』を。あたしにはそれでじゅうぶん。マリが何を考えてるのかはわからないけれど、あたしとマリはいっしょだよ。パパの話を聞いて、ママのご飯を食べて生きてきた、家族じゃない」
「いつもそうよ」
唸るように言ってマリは立ち上がる。瞳が剣呑に光る。
「あんたって、いつもそう。あたしが何を考えて、どんなに悲しい想いをしてきたかちっともわかってない。誰かと自分を比べたことなんかないのよね、いつだって自分のことだけ考えて生きてきた」
「そんなことない」
「あるわよ!」
マリが叫んだ。エリは思わず後ずさる。妹のこんな声を聞いたのははじめてだった。
ふふ、とマリが暗い笑い声を漏らす。
「逃げればいいよ、エリ。あたしのそばにはいないほうがいいよ。あんたがどんなにいいおねぇちゃんぶったって、それはあたしの心を傷つけるだけなんだから。怖いでしょ? 人に嫌われるのが。想像してみて『あんたなんかいらない』そういう目が、自分を見つめる世界を。苦しいでしょ?」
「誰もマリをそんな風にみてないよ!」
「出て行って!」
マリが手をあげる。
「あたしは開拓者としてこの街の新しい王になったの! ためいきを消すのなんて簡単よ、みんなが望む世界を描けばいいんでしょ! あたしにはその力があるわ。だから、王になった!」
マリが騎士に命じる。
「王の命令よ、招かれざる客を追い出しなさい!」
灰色の騎士は、一瞬ためらってから動いた。エリの腕をつかみ、扉の外へと引き摺って行く。
「待ってソル! マリと話をさせて!」
「話なんかないわ! 来ないで!」
「あたしたち、お互いのことを知るべきなのよ!」
ふたりの悲鳴交じりの声が風の中に消えてゆく。
エリの抵抗もむなしく、その体は中庭へ放り出され、王の間へと続く扉は閉ざされた。ソルは扉の前に仁王立ちになったまま動かない。
「そこを開けて」
エリがソルを睨む。
「だめだ。王の命令だからな」
ソルが睨み返す。エリはたまらず声を荒げた。
「あの子はあなたの王じゃない! あなたが本当にこの街の王の騎士ならば、守るべきはこの街よ! 王の愛した人々よ! マリはきっと、この街の何もかもを変えてしまうわ!」
「去れ、ここは王の城だ」
エリは両手の拳を握り、ソルをみつめた。灰色の瞳には、色のない風が映っているだけだ。
「あなたの悲しみを、受け止める人がいればよかったのに」
エリの中から感情があふれ出す。灰色の瞳に満ちる絶望の深さを思い知る。この騎士はもう、悲しみのあまりに自らの心を手放してしまっている。自分の中の『わたしのせかい』を、誰かの手にゆだねてしまっている。
誰よりも王の側にいた騎士は、誰よりも傷ついているだろう。賢いマリは彼の悲しみを見抜き、その中に入りこんだ。言葉で上手く丸めこんで、開拓者である自分を『新しい王』に仕立て上げたに違いない。
突然現れた開拓者を、新しい王として受け入れてしまえるほど、彼の自尊心と忠誠心は傷つき、ためいきに満ちている。
自らの王を、彼は選べない。
「そうすれば、あなたにだって、わからないはずがないのに。あなた自身の、大切なものが」
「さっさと出ていけ」
ソルが言い、エリは王の間に背を向けた。
「あなたが守ってるのは、あなた自身よ。さよなら、灰色の騎士。あたしは行くわ」
二人の間をひときわ大きな風が吹いた。
「あたしはマリといっしょに帰る。この街のためいきを消して、ふたりで帰るのよ」
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